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Jリーグ最年少34歳で就任した監督は、なぜJ最年長41歳デビューの男を“スカウト”したのか?
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byHideki Sugiyama
posted2020/11/08 11:01
今回が初めての対談だったというY.S.C.C.横浜のシュタルフ悠紀リヒャルト監督(左)とFWの安彦考真
若い選手たちにその姿勢を学んでほしいなと
――育成畑を歩んできたシュタルフ監督は2019年シーズン、自らがユースでプレーしていたY.S.C.C.横浜の監督に就任します。監督のほうから安彦さんを誘った、と。
シュタルフ このチームを見たときにJ3というプロのリーグに所属はしていてもアマチュアな部分がたくさん残っているなと感じたんです。
アビさんはポルトガル語の通訳としてJクラブのなかに入っていた経験などもあるし、Jリーガーになるためにストイックに取り組んでいたことも知っているし、ここにいる若い選手たちにその姿勢を学んでほしいなと。前線の選手が少なかったというところもあったので話をしてみたんです。
安彦 水戸ホーリーホックから契約を更新しないと告げられて、まだプレーを続けるべきかどうか迷っていたときに、シュタルフから声が掛かって……。水戸では1試合も出られず、それも自分で売り込んで入っていたので、自分を求めてくれるというのがたまらなくうれしかった。
僕はもう20年くらい指導者をやっていますから
――J最年少の34歳の監督というところでの注目もありました。
シュタルフ 確かにJリーグの監督としての経験値はゼロでした。J3のレベルとか、自分たちがこうしたら相手はこうしてくるとか、知らないので引き出しを持っていない。初年度は自分のアンテナを敏感に反応させてJ3の舞台がどういうものかが分かってきた。
ただ、年齢が若いということはまったく気にしていない。僕はもう20年くらい指導者をやっていますから。
安彦 そうそう。シュタルフは現役時代から指導者の契約を組み込んでいたよね。
シュタルフ もともと将来指導者になりたいという夢があって、プロでプレーすることは絶対に指導者としてのキャリアにつながっていくという発想でしたからね。もちろん選手としてもベストを尽くそうと思ってプレーしていたけど、現役の選手をやりながら、U-8、10、13とか教えていましたし、そもそも中学生のときに小学生を教えていたので。
試合で勝たせられるかどうかの経験は少ないとしても、トレーニングセッションで選手を成長させることに関しては自信がありました。
安彦 彼はスイス、ドイツ、オーストリアなど世界のあちこちでプレーして、それとともに20歳くらいでUEFAの(指導者)ライセンスを取っていますからね。34歳で監督になったと言っても、指導する経験値は元々ありました。
シュタルフ 2004年なので、20歳の時にドイツでUEFAのB級ライセンスを取得しましたね。