ゴルフボールの転がる先BACK NUMBER
優勝したら志村けんと「アイーン」。
ゴルファーが感じた一流の気遣い。
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph byKyodo News
posted2020/04/13 11:50
2006年、SANKYOレディースオープンでプロ初優勝を挙げた諸見里しのぶ。プレゼンターを務めた志村けんさんと「アイーン」のポーズで写真に収まった。
薄氷を踏む思いでつかんだ初優勝。
輝かしいアマチュア時代を経て、プロテストに合格したのが前年の夏。米ツアーとの掛け持ちで多忙なシーズンを送っていた。順調にステップを踏んでいるようで、「当時はプレッシャーかかっていましたね。いいところまで行くと、最終日に崩れて優勝に届いていなかった」と、悔しさも焦りも溜まっていた時期だった。
大会は初日が中止になり、競技は36ホールに短縮された。諸見里は第1ラウンドに66で首位に立ちながら、最終ラウンドで77をたたき、薄氷を踏む思いでプロ初タイトルを勝ち取った。
「木が折れてしまうくらいの強風で、バックナインでめちゃめちゃ打ちました(ハーフ42)」
苦しいゴルフの先で待っていてくれたのが、小さいころからテレビで親しんだスター。
「本当に優しく、志村さんに『じゃあ、一緒にアイーンしようか』と声をかけていただいた。あの瞬間、思い出自体が宝物です」
続いたやりとり、志村さんの丁寧な返信。
彼女の“本気度”と、志村さんの人柄をさらに示すエピソードの続きがある。
諸見里は翌年の大会で、プロアマで同じ組でプレーする機会に恵まれた。志村さんの腕前もなかなかのもので、「大たたきをするような感じではまったくなくて、お上手だったと記憶しています」。過去の映像に目をやると、確かにクセの少ないスムースなスイングのよう。
だが、諸見里はそれにもまして志村さんの柔和な立ち振る舞いが印象に残った。「すごく落ち着いた感じで、何気ない一言ひとことで笑わせてくださって。お昼の食事のときも本当に優しく接していただいて、私のほうが浮かれてしまって一日興奮していました」
夢のような時間を過ごすなかで、諸見里は連絡先の交換に成功した。そうは言っても気安く電話をかけられるような相手ではない。勇気を出すのは決まって年が明けたとき。
「新年のご挨拶をメールで送っていました。志村さんなんて、何百人、何千人という方からお電話もあったと思うんです。それでも私に『今、母と温泉に来ています』なんて、本当に丁寧に返してくださいました。実際にお会いしてからもっと大好きになりました」
周りへの気遣いを忘れず、スマートに。大騒ぎするわけでもなく、何気ない一言で一緒にプレーする人を一日中ハッピーにする。コントで演じた役柄とは180度違う。志村けんさんはきっと、コースでは誰もが見習うべきゴルファーのひとりであったに違いない。
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