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あのパッキャオが失神した衝撃KO。
2010年代最高のファイトと疑惑。
posted2020/04/09 19:00
text by
杉浦大介Daisuke Sugiura
photograph by
AFLO
その瞬間、MGMグランドガーデン・アリーナに歓声と悲鳴が混濁したのをまるで昨日のことのように覚えている。
2012年12月8日、ラスベガスで行われたマニー・パッキャオ (フィリピン)対ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)の第4戦。ライバル同士の決着戦として行われた一戦は、6回に強烈な右パンチを打ち込んだマルケスが劇的なKO勝ちを飾った。
完璧なカウンターを浴びたパッキャオは前のめりに倒れ、勝負が決まったことは明白。しばらくピクリとも動かなかったパッキャオの姿に、リング事故の可能性を感じたのは私だけではなかったはずだ。
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直後、失神状態だったフィリピンの英雄は驚くほどあっさりと立ち上がり、ファン、関係者も胸を撫で下ろすことになる。それでもこの時に感じた不安感を、7年以上経った今でも忘れたことはない。
「特別なファイトを目撃している」
パッキャオとマルケスはそれまでに2004年(フェザー級)、'08年(スーパーフェザー級)、'11年(ウエルター級)と3度対戦し、すべて判定でパッキャオの2勝1分。「3試合ともマルケスが勝っていたのではないか」と語る人もいたほど大接戦ばかりだった。
いくら好ファイトが約束されたカードとはいえ、4度目となれば新鮮味は薄れる。ファイトウィークにラスベガスを訪れても、パッキャオ戦開催時には当然のように漂っていたビッグファイト独特の高揚感はもうひとつ感じられなかった。
しかし、ゴングが鳴ると、完全決着を望んだ両者が火花を散らした戦いはシリーズ最高の激闘になった。
3回にマルケスが右オーバーハンドでダウンを奪うも、5回にはパッキャオが左でダウンを取り返す。試合中盤には会場のボルテージも一気に上がり、「特別なファイトを目撃している」という思いが胸にこみ上げてきた。
ドキュメンタリーフィルムを制作していたスタッフから、事前に「パッキャオ絶好調」という話を聞かされていた。実際、改めて映像を見直しても、この日のパッキャオの動きはすこぶる良い。一方、より厚みを増した身体で決着戦を迎えたマルケスには従来の切れが感じられなかった。4、5回とパッキャオが支配し、まさに“その瞬間”が訪れる寸前まで、フィリピンの英雄はKO勝ちに近づいていたように見えた。
ただ、振り返ってみれば、マルケスは世界的な人気を誇るパッキャオに判定で勝つのは難しいと考え、KOを狙って肉体のビルドアップを試みたということなのだろう。そのプランは冒頭で述べた通り、運命の6回に最高の形で結実することになる。