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<指揮官とコーチとの絆>
田中史朗「ジェイミーとブラウニーと僕」 

text by

生島淳

生島淳Jun Ikushima

PROFILE

photograph byKiichi Matsumoto

posted2016/12/13 10:30

<指揮官とコーチとの絆>田中史朗「ジェイミーとブラウニーと僕」<Number Web> photograph by Kiichi Matsumoto
新監督のジェイミーと、アタックコーチのブラウニー。ジャパンでふたりの“恩師”と再会した日本屈指のSHは、すでに自らが果たすべき役割を理解していた。

 W杯出場2回、日本代表スクラムハーフの田中史朗は、来年1月3日で32歳を迎える。初めてジャパンに選ばれたのは23歳の時だったが、今ではほとんどの選手が年下で、「フミさん」と呼ばれることが多くなった。

 世界のラグビー界では、コンタクトに強く、キック力のある大型SHが主流となったが、166cmの田中には「クラシカル」な匂いが漂う。素早いパスアウト、大男にひるむことのない負けん気。2013年からスーパーラグビー(SR)のハイランダーズでもプレーし、「タナカ」の名前は南半球のラグビー愛好家たちに親しまれた。

 そのハイランダーズで指揮官を務めていたのが、ジェイミー・ジョセフである。

「ジェイミーが日本代表のヘッドコーチになるという報せを聞いて、うれしかったですね。彼は身体が大きいので威圧感があって、怖い時は、怖いです(笑)。集中力が欠けたプレーをすると、めっちゃ怒るんですよ。すごく気持ちの部分を大切にします」

 W杯を戦っている最中、田中には忘れられない思い出がある。ジェイミーからこんなメールが来たのだ。

「フミ、スプリングボクスに勝ったな! おめでとう! ところで、来年のSR、プレーするチームはもう決まっているかい?」

 契約更新の申し出だった。おそらくW杯でのパフォーマンスを見てのオファーだろう。もう一度一緒にやろうと言ってくれたジェイミーの心意気がうれしかった。

 ハイランダーズでは、ジェイミーならではのリーダーシップも目の当たりにした。'15年、SRのプレーオフで快進撃を続け、決勝にたどりついた。ハイランダーズはそれまで優勝したことがなく、選手たちは重圧を感じていた。大切な試合を前に監督は“鍵”を選手に配った。

「ジェイミーが『最善の準備をして、この鍵を次の試合に持ってきて欲しい。みんなの鍵がピタリと合った時にこそ、これまで開かなかった扉が開く』と話をしたんです。それからいい練習が出来て、試合当日、全員の鍵をテーピングでグルグル巻きにすると、『これで我々はひとつになった』と宣言したんです。カッコ良かったですね。チームがひとつになったのが実感できました」

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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