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カリスマ的人気を誇った
神の子“KID”の旅立ち。
~指導者としての山本さんの目はやさしかった~

posted2018/10/09 10:00

 
カリスマ的人気を誇った神の子“KID”の旅立ち。~指導者としての山本さんの目はやさしかった~<Number Web> photograph by Susumu Nagao

2002年9月16日、プロ修斗で当時ライト級8位だった山本徳郁(右)が、同3位の勝田哲夫にTKO勝ちを収めた。

text by

布施鋼治

布施鋼治Koji Fuse

PROFILE

photograph by

Susumu Nagao

 9月18日、“KID”の愛称で親しまれた山本徳郁さんが亡くなった。享年41。死因は明らかにされていないが、8月下旬には自身のSNSでガンを患っていることを告白していた。

 身長163cmと小柄ながら、試合運びはギラギラしてワイルド。特に2000年代半ばの活躍は凄まじかった。'02年9月、プロ修斗で行われた勝田哲夫戦ではKOしたにもかかわらずレフェリーの制止を無視して殴り続け、120日間のライセンス停止処分を受けた。

 その一方で、周囲の想像を遥かに上回るフィニッシュを演出できる男だった。'06年5月には、試合開始早々、宮田和幸を飛びヒザ蹴りによって病院送りにしている。その時のタイム4秒は、日本MMA史上最短KO記録としていまも破られていない。

この記事は雑誌『Number』の掲載記事です。
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