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ホンダよ、本田宗一郎の魂を今こそ。
F1での「負け癖」を払拭するため。

posted2018/08/26 09:00

 
ホンダよ、本田宗一郎の魂を今こそ。F1での「負け癖」を払拭するため。<Number Web> photograph by Getty Images

アイルトン・セナとともに駆けた1992年のマクラーレン・ホンダ。この時のような勝利への執着心を観たい。

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尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

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「もしオヤジが生きていたら、みんなボコボコに殴られていたでしょうね」

 オヤジとは、ホンダの創業者である本田宗一郎のこと。そして、この言葉はその長男の本田博俊が今年のフランスGPに視察に来ていた際に、ホンダの現状を見て放ったセリフだった。

 もちろん、殴れば速くなるほど、F1が単純だとは博俊も思ってはいない。彼も、かつては自ら興した無限という会社でエンジンをメンテナンスし、F1に挑戦した経験を持っている。'96年のモナコGPで、リジェに搭載した無限ホンダ・エンジンは、並み居る強豪を退けてトップチェッカーを受けた。

 日本のエンジンメーカーでF1のレースに優勝したのは、ホンダと無限ホンダだけ。ドライバーでなく、エンジンメーカーの社長として親子でF1を勝ったのは、本田宗一郎&博俊だけだ。

 その博俊が、乱暴な言葉を使うことができるのは、彼がホンダの社員でもなければ、ホンダで働いたことさえない部外者だからだ。宗一郎は同族会社に入って大きな間違いを犯さないよう、博俊がホンダに入ることを禁止した。

 冒頭の言葉は、筆者には「私が社長だったら、ボコボコに殴っていたでしょうね」と聞こえた。

実力でホンダが勝ったのは……。

 じつはいまのホンダのF1活動が低迷している原因は、そこにあるのではないかと感じているからだ。それは「負け癖」だ。

 ホンダがF1で最後に勝利したのは、2006年のハンガリーGP。しかし、それはタイトル争いを演じていた有力ドライバーが相次いでリタイアした末に巡って来たチャンスをものにした結果。実力でもぎ取った勝利ではなかった。

 それは第3期と呼ばれる2000年から'08年までの9年間で1勝しかできなかったことが物語っている。

 実力でホンダが勝った最後のレースは、第2期の最後のレースとなった'92年の最終戦オーストラリアGPではないだろうか。つまり、ホンダはF1で26年間、負け続けていることとなる。

【次ページ】 '80年代も初めは問題だらけで。

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