濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
WWEで初凱旋のヒデオ・イタミ。
無効試合に感じた苦悩と試行錯誤。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byNorihiro Hashimoto
posted2017/07/07 17:00
度重なる負傷で活躍が遅れていたが、完全復活を果たしたヒデオ・イタミ。
日本初凱旋となったヒデオの試合の結末は……。
ネット配信サービス『WWE NETWORK』に注力しているWWEは、以前よりもさらに世界市場、非英語圏のマーケットを意識しているのだろう。ただし、選手はWWEと契約さえすればいいというわけではない。重要なのはアメリカで何ができるかであり、世界に向けて何を見せるかである。
ASUKAはNXT登場からほどなくして女子王者となり、男子も含めた連勝記録を更新するほどのブレイクぶりだ。中邑は猛スピードでNXTを駆け抜けてメインロースター(主力番組のスマックダウン)入りを果たしている。
一方、悔しい思いをしてきたのがヒデオ、かつてのノア所属・KENTAである。
ASUKA、中邑、戸澤より入団は先だったが、2度の負傷で約1年半もの欠場を余儀なくされてしまう。
「使っていいよっていう空気になってきたのを感じた」から解禁したが、NXT参戦当初は必殺技“go 2 sleep”も出さなかった。この技は、WWEを離脱してMMAに転向したCMパンクが使っていたものだ。だが、もともとはKENTAの技だったのだから、使いづらかったというのも言ってみればとばっちりなのだが。
とばっちりといえば、日本大会2日目のヒデオvs.エンツォ・アモーレもそうだった。
ヒデオが攻め込み、さあここからというところでエンツォと仲間割れしたばかりのビッグ・キャスが乱入。短時間での無効試合に終わってしまったのである。
KENTAとヒデオ・イタミの「バランス」。
欠場期間が長かったヒデオは、この2日間が初の日本大会参戦だった。
契約以来、最も輝きたかったはずの場だ。なのに、それが許されなかった。
大会を終えると、ヒデオはツイッターにこう記している。
「僕を楽しみにしてくれていた人の期待を大きく裏切りました。現実を受け止めてやっていきます。すいませんでした。ありがとうございました」
「それでも3年間待ち焦がれた2日間でした。ありがとうございました。会えて嬉しかったです。また会う日まで。お互い元気で」