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ロシアW杯は安価で快適な予感が。
コンフェデでモスクワの人情に感動。
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph byGetty Images
posted2017/07/06 11:00
2018年ロシアW杯の大会マスコットであるオオカミの「ザビワカ」君。大会メインスタジアムはまだ建設中(拡大工事中)である。
タクシーの値段交渉までしてくれたボランティア。
もうひとつ別の例を挙げる。
ロシアを離れる日の朝、ソチからモスクワに飛行機で向かった。モスクワで別の便に乗り継ぎとなるのだが、郊外のふたつの空港、ブヌコボ空港からシェルメチボ空港に移動しなければならない。空港に常駐する大会ボランティアの女の子に聞くと、空港間を繋ぐシャトルバスはなく、電車かタクシーしか移動手段はないという。時間を考えると電車では間に合いそうにないので、タクシーの予約カウンターまで行ったものの誰もいない。
しばらく待っていると、先ほどの女の子が寄って来て自分が案内するという。
ガイドと交渉した彼女が、「3000ルーブル(約6000円)と言っているけどどうしますか?」と尋ねるので「もう少し安くなればその方がいい」と答えると、「私もそう思います。彼(ガイド)はちょっと感じが悪いです。少し待っていてください」と、仲間と話し合いながらいろいろなところに電話をかけ始めた。さらに10分ほど待つと、「別のタクシーが見つかりました。1300ルーブル(約2600円)ですがそれでいいですか?」と聞かれた。
ブヌコボからシェルメチボまで、電車と地下鉄を乗り継いでも1055ルーブルかかる。1300なら文句のある筈もなく、喜んで承諾の意を示し彼女に感謝した。この間、およそ30分。タクシーが到着するまで、ずっと付き添ってくれた。
素晴らしいホスピタリティだが……厳密にはボランティアとして規定されたサービスの範囲外だったのでは、とも思う。
システムの不備を、個人的なホスピタリティがカバー。
ものごとには表と裏がある。
彼らが示してくれた親切は、システムが機能していたら起こりえないことだった。
ホテルの看板が目立つところにあれば、見つけられずに荷物を抱えて右往左往することはなかったし、空港のカウンターに係員が控えていたら、正規の割高な料金を払ってタクシーに乗っていただろう。ただ、そうしたシステムの不備、不完全さを、社会に生きる人間ひとりひとりのホスピタリティがカバーしている。それが世界に共通するひとつのコードであるとも言える。
そう思うのは、今日の日本という社会がこのコードから逸脱しているように見えるからだ。