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村田諒太は試合前でもあわてない。
自分の心と対話するために本を読む。
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byHiroaki Yamagushi
posted2017/05/19 08:00
記者会見でも「トラッシュトークとか好きじゃないんで」と自分から握手を求めるボクサーらしからぬ村田諒太。最大の相手はいつだって自分なのだ。
新しい知識や物事を見る角度で、自分に刺激を。
今から3年前、村田はプロ4戦目に向けた合宿でラスベガスにいた。
朝7時にロードワークに出て宿舎に戻ったら、朝食を食べて読書をすることが日課だった。筆者が取材で訪れた際には『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』を手にしていた。
ボクシングと池上さん? 何とか頭で結びつけようとする筆者の気持ちを察知したのか、彼のほうから読書の話を切り出した。
「これまでは心理学の本を中心に読んできましたけど、同じジャンルのものを固めて読むというのもどうかなと思ってきまして。池上さんの本は先生みたいな感じでわかりやすいですね。あと持ってきたのは小説。いろいろ読んでみることが大事なのかなって」
自分の心と会話する時間に変わりはない。持ち合わせていなかった知識や、違う角度から物事を見ることは、自分の内面に新たな刺激を入れていく作業でもあった。
あれからも村田は順調に白星を重ねていき、昨年末、ブルーノ・サンドバルに3回KO勝ちしてプロデビューから12連勝をマークした。WBA世界ミドル級王座決定戦に挑むことが決まった。
「人生に意味を求めるのではない、と」
「最近は本を読めていない」と頭をかいた村田が、印象に残った本として挙げたのが心理学者ヴィクトール・フランクルの『死と愛』だった。第二次世界大戦中、ナチスの強制収容所での体験を基に生きる意味を記した『夜と霧』に続いて出版された一冊。サンドバル戦に向けた合宿で読み、この書を通じて村田はあらためて己の心を見つめ直した。
「フランクルは言いますよね、人生に意味を求めるのではない、と。むしろ、問い掛けに対して応えていくのが人生だ、と。そうだなと思います」
今、自分に起こっている事象が「人生からの問い掛け」とすれば、ようやくめぐってきた世界挑戦のチャンスに、肩肘張って意気込む必要も、鼻息を荒くする必要もない。一歩ずつ進んできたことで得られた世界挑戦に対し、これまでの経験、足跡を基にして己を出していけばいいだけのこと。それが、村田にとっての「応えていく」だ。