酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
プロ野球の生涯打率3割は史上24人。
イチローが1位じゃない理由は……。
posted2017/04/11 10:30
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph by
Kyodo News
「記録なんて後からついてくるもの、僕は気にしていませんよ」プロ野球選手は大体そういう。
自分の記録に汲々としている印象は格好良くない。どんなにすごい記録がかかっている選手でも「チームの優勝のため」、「ファンのため」と言うのがお約束だ。
でも、自分の記録に本当にこだわりがなければプロとは言えない。プロ野球は数字で評価されるし、年俸だって数字で決まるんだから。
記録は気にしない、と言ってはいても……。
「記録は気にしない」と言っている選手の本音が、はしなくももれることがある。その1つが「終身打率」にかかるケースだ。
通算868本塁打の世界のホームラン王、王貞治は1980年、セ・リーグ4位の30本塁打を打ちながら、引退を表明した。本塁打はともかく、打率が規定打席以上で最下位(30位)の.236に沈んだからだと言われている。
しかし事情はもう少し込み入っていた。王の終身打率は9250打数2786安打の.30119。もう1年現役を続けて、仮に前年と同じ成績(444打数105安打)だとすると、終身打率は9694打数2891安打の.2982になる。3割を割ってしまうのだ。
王貞治ほどの偉大な選手になれば、終身打率なんか関係ないように思うが、本人はそうではなかったようだ。
同じ動機で引退を決意したと言われるのが、初代ミスター・タイガースの藤村富美男。藤村は1956年にいったん引退したが、1958年に現役復帰。これによってこの年ルーキーの巨人、長嶋茂雄との共演が実現したのだが、衰えは覆うべくもなく、26打数3安打の打率.115だった。
藤村の終身打率はこの時点で5648打数1694安打。打率は.2999、四捨五入して3割ジャスト。あと9打席凡退すると5657打数1694安打、打率.2994となって3割を割ってしまう。当時パソコンも電卓もなかったが、そろばんを弾いてこのことを藤村に教えた人がいたようだ。かくて、藤村は引退を決意したという。