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伊調馨、五輪4連覇の瞬間の思い。
「戦うのが怖いと初めて思った」
posted2017/01/08 07:00
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph by
Asami Enomoto/JMPA
五輪史上初の女子4連覇。だが、試合の自己採点は「5点」。
彼女はさらなる高みを目指し“道”を歩みつづける。
試合が終わった瞬間、今までのオリンピックでは見たことのない表情を浮かべた。出し尽くしたような、放心したかのような表情に偉業を成し遂げたうれしさはうかがえず、安堵があった。
土壇場まで追い込まれ、それでも勝利をもぎとった試合。第一声、伊調馨は言った。
「4連覇のプレッシャーとかではなく、戦うのが怖いと初めて思ったオリンピックでした」
無敵の女王と言えば吉田沙保里のイメージが強い。実際は伊調こそその名にふさわしいかもしれない。吉田が経歴の折々に黒星があるのに対し、伊調は'07年の不戦敗を除けば'03年途中から昨年まで一度も敗れたことがなかった。特に北京五輪後、休養ののち長年指導を受けてきた栄和人のもとを離れ、首都圏に拠点を移したあとは磐石の強さを誇った。昨年の世界選手権では失ったポイントはゼロ、全試合をテクニカルフォールあるいはフォール勝ち。もはや付け入る隙はないと誰もが思った。
だが今年に入り、暗転する。1月、国際大会でテクニカルフォール負けを喫する。実に13年ぶりの敗戦だった。その後は体調不良が続いた。2月には首を痛めてアジア選手権を欠場。6月には左肩を痛め、入院を余儀なくされた。4度目の五輪シーズンで、初めてと言ってよいほど順調さを欠いた。その不安が現れたのが、コブロワゾロボワとの決勝だった。姿勢そのものに本来の安定感はなく、厳しい防御もあって攻め手がみつからない。1ポイントリードを許し、第2ピリオドも時間は過ぎていく。
残り10秒。相手がタックル。足を取られながら伊調も上から足を取る。攻防は紙一重……制したのは伊調だった。背後にまわり2ポイント。試合は終了を告げた。