マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
「秋山翔吾は絶対指名されますか?」
2億円プレーヤー、ドラフトの思い出。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byShigeki Yamamoto
posted2016/12/18 08:00
2015年に216安打というシーズン記録を打ち立てた秋山翔吾も、2016年は3割を切った。徹底警戒にあってからが一流選手としての正念場だ。
八戸の郊外で、見てくれる人も少ない中で4年間。
八戸大のグラウンドにも何度も練習を見に行って、秋山翔吾の心身の素質はわかっていた。
打っても、走っても、守っても、どう動かしてもかっこよかった。唯一、短い距離のキャッチボールだけがぎこちなく映ったが、それすら、もしかしたら“キャッチボールの相手”を早くに失ったせいなのでは……そんな勝手な推測の域にとどまった。
八戸市の郊外。四方八方、自然ばかりの中のグラウンドで、冬は凍るほどの風にさらされながらの4年間。いつも誰かが見に来てくれる環境じゃない。オレのことなんか、誰も見てくれてないんじゃないか……。そんな取り残されたような思いにかられたこともあったという。
そうした環境の中で、自分で自分にムチをくれながら、野球という“技術”を4年間かけて地道に磨いてきた辛抱強さ。
細い体、今一つ伸びてくれない飛距離。寮の自分の部屋で、小さなコンロの鍋に湯を沸かし、自分でうどんをゆでて、しょう油をかけてすすった日々。少しずつ、少しずつ、筋肉量を増やして、神宮の最深部にぶち込めるほどにもなった。
そんな“道程”を、私は見て知っていた。
ソフトバンクが柳田を指名した時は落胆したが。
ドラフトの日。
神奈川・横須賀の秋山翔吾の実家にカメラが入った。その前で、母・順子さんと妹・美咲さんが震えるように寄り添って座る。
ソフトバンクの2巡目で「広島経済大・柳田悠岐」が指名された。その瞬間、母娘は抱き合うようにして肩を落とした。
実はドラフト前、はっきりと指名を伝えていたのはソフトバンクだけだった。カメラの前にも、スタジオで生本番を進行中のスタッフの間にも落胆の空気が漂った。
だいじょうぶ、絶対あります、絶対あります、絶対だいじょうぶ! スタジオで番組に立ち会いながら、思わずみんなを励ましていた。
そして、10分後。
第3回選択希望選手、埼玉西武、秋山翔吾。
ドラフト会場に彼を呼び上げるスピーチが聞こえた瞬間、カメラの前で号泣しながら抱き合う母娘の姿が画面に映り、そしてスタジオのセットの裏では、聞こえないように泣きながら抱き合うスタッフたちの姿があった。