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長谷川穂積は美しく散りなどしない。
記録より、記憶に残る王座返り咲き。 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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photograph byTsutomu Takasu

posted2016/09/20 11:30

長谷川穂積は美しく散りなどしない。記録より、記憶に残る王座返り咲き。<Number Web> photograph by Tsutomu Takasu

今後はまだ考えていないという言葉からは、いかに長谷川穂積がこの試合に全てをかけていたかが窺えた。

原点に戻る“打たせないボクシング”の再構築。

 しかし、再起ロードは茨の道だった。マルチネス戦後に世界ランカーと2戦したが、'15年5月の第1戦は試合前に右足首のじん帯を損傷しながらの判定勝ち。同年12月の第2戦では2度のダウンを喫し、これを挽回して何とかゴールテープを切った。一時代を築いたボクサーがボロボロになっても戦う姿は、我々の心を激しく揺さぶり、思いの針は「目を離せない」と「もうやめてくれ」という両極に振れた。いずれにしても、一連の背景を考えれば、長谷川の勝利を予想するのは容易ではなかったのである。

 今回、長谷川は勝利にこだわった。最大のテーマは「(2010年に亡くなった)母親が好きだと言っていた打たれないボクシングをすること」。

 長谷川はもともと持ち前のスピードに裏打ちされた“打たせないボクシング”を身上としていた。世界王座を獲得し防衛を重ねながら攻撃の比重が高まり、最終的にはそれがあだとなって、痛烈なダウンを喫する姿を再三見せるようになった。「どんなに余裕で勝っていてもダウン1回でひっくり返されることがあるので」(長谷川)。ディフェンスの修正は復活の最大のテーマだった。

 目論み通りルイス戦は「打たせない」を徹底して試合を組み立てた。ただ意識の上でディフェンスを重視するだけでなく、これまでに比べて気持ち背中を丸めるようにして重心を落とした。ノンタイトル2試合の反省を生かし、右をもらわないようにスイングの大きな右フックを自重した。この試合をプロモートした帝拳ジムの本田明彦会長は「バランスがよくなったから、多少打たれても倒れなかった。短期間でよくあそこまで修正したと思う」と驚きを隠さなかった。

9回にアッパー被弾から打ち合いになだれこむが……。

 第一関門を突破した長谷川だったが、中盤まではイーブンの展開。8回を終えての公開採点は78-72、76-74で長谷川。もう1人は76-74でルイスを支持した。ルイスのパンチが長谷川の頭部をかすめるたびに会場の空気が凍りつく。この時点で、長谷川の勝利は確約されていなかった。

 そして9回、左アッパーを被弾した長谷川がついに後退する。試合後「少し効いた」と明かした挑戦者に、強打の王者が襲い掛かった。絶体絶命のピンチ! ここでロープを背負った長谷川が渾身の力を込めて打ち合いに出る。悲鳴と声援で会場の空気はぐちゃぐちゃとなり、長谷川が打ち勝って危険地帯から脱するとボルテージは最高潮に達した。ラウンド後半、長谷川が左ストレートでルイスを攻め込んでゴング。直後にルイス陣営が棄権を申し出た。

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