リオ五輪PRESSBACK NUMBER
何度も、何度も観客に感謝のお辞儀。
ボルトが告げたトラックへの別れ。
posted2016/08/19 19:00
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph by
JMPA
手を広げながらフィニッシュラインを駆け抜けたボルトの顔は、悔しさと苦痛で歪んでいた。
19秒78。
自身の持つ世界記録19秒19に遠く及ばない、ボルトにとっては平凡な記録。速報タイムをみやったボルトは「なんだよ!」と言わんばかりに右腕を振り下ろし、何度もかぶりを振った。こんなタイムで終わらせたくなかった。皆が驚愕するようなタイムを出したかったんだ。そんな、納得していない表情だった。
仕方がない……自分にそう言い聞かせると、ボルトは観客の前で手を広げながら膝をつき、そしてゆっくりとグラウンドにキスをした。
「今までありがとう。さようなら」
ゆっくりと語りかけ、別れを惜しんだ。
初出場のアテネ五輪からリオ五輪まで、トラックは時に優しく、時に冷たかった。今夜も随分と苦しめられた。でもトラックがあったから、ここまで上り詰めることができた。様々な思いが詰まったキスだった。
リオデジャネイロのオリンピックスタジアムで、ボルトは史上初の五輪3連覇、100mとあわせて3大会連続の2冠を成し遂げた。
スタートの瞬間、ボルトの勝利は決まった。
18日に行われた200m決勝。ボルトを一目見ようと集まった観客は、スーパースターが登場すると大きな歓声をスタジアムに響き渡らせた。6レーンにスターティングブロックをつける、スタートの感触を確かめながら走る。一挙手一投足にフラッシュライトが焚かれ、大きな声援と拍手が送られる。それに応えるように、選手紹介でボルトは軽快なサンバのステップを踏み、地元の観客を熱狂させた。
号砲とともに抜群のスタートを切った瞬間、ボルトの勝利は決まった。ライバルは記録だけだ。70mで外側のレーンを走るクリストフ・ルメートル(フランス)を捉え、1mの差をつけて直線に入った。そこからグイグイと加速し、150mでは差は2m以上に広がる。
しかし連戦で疲労がピークだったのか、持ち前のしなやかな走りは影を潜め、徐々に失速。100mで3位に入ったアンドレ・ドグラス(カナダ)が少しずつ差を縮める。残り20mは走りが乱れ、ストライドが大きくなったが、歯を食いしばってなんとか一番でフィニッシュラインをまたいだ。