フィギュアスケート、氷上の華BACK NUMBER
羽生結弦が見せた桁違いの強さ――。
世界選手権SPで見せた驚異のメンタル。
text by
田村明子Akiko Tamura
photograph byISU/ISU via Getty Images
posted2016/03/31 17:00
演技後、思わず雄叫びをあげた羽生。まさに“絶対王者”の称号がふさわしい、堂々たる演技だった。
羽生が怒りを露わにした理由とは。
「あれは多分故意だとは思うんですけれどね……」と羽生は少し言葉を捜した。ビデオで見直して、変だと思っていたのだという。
羽生は昨シーズン、中国杯の6分間練習の最中に衝突事故で大怪我をしただけに、彼自身は以前にも増して周りに注意を払っているように見える。
そんな羽生だけに、自分だったなら他の選手に対して決してやらないであろうことをされたという思いが、怒りになって表れたのに違いない。
だがテンは、本当に故意で羽生の練習を妨害したのだろうか。
困惑の表情を見せたテン。
「確かに前日、(羽生と)このリンクはちょっと狭いよねという会話は交わしました」とSP演技後にミックスゾーンに現れたテンはそう語った。
「でも正直に言うと、そんなにギリギリの危ないところではなかったと思うんです。以前にスケートアメリカで、(町田)タツキとぶつかりそうになって、あの時は本当に申し訳ないことをしてしまったと反省した。でも今回は、そこまでの状況ではなかったと自分では思っているのですけれど……」と戸惑ったように口にしたテン。羽生に怒鳴られて驚いたかと言うと、ためらいながらこう答えた。
「正直に言うと、ちょっと。でもみんな緊張していますから、人によって反応の仕方が色々あるのでしょう。誰も怪我しなくて良かったです」と言葉を結んだ。
たまに出てくる「故意の妨害」論。
今回に限らず、ある選手が故意に練習の妨害をした、という議論はたまに出てくる。
1992年アルベールビル五輪では、女子のSP(当時はオリジナルプログラム)の当日の公式練習で、フランスのスリヤ・ボナリーが伊藤みどりのすぐ近くで競技では禁じられているバックフリップを着氷し、明らかに伊藤の精神を乱すためにやったのだと批難されたことがあった。伊藤みどりはその日の本番で転倒をして4位になり、フリーで盛り返したが銀メダルに終わった。
だがボナリーがそのとき何を考えていたのか、それは神様と本人にしかわからないことである。何となく調子にのって、あたりかまわず得意技ですっきりと練習を終えたくなっただけかもしれない(それでも伊藤が大迷惑をこうむったことに変わりはないのだが)。
今回のテンにしても、単にちょっと無神経なうっかり者なのか、妨害の意志があったのか……最終的には本人にしかわからない。筆者がこれまで何度も直接取材をした印象では、テンはそのような策謀にたけているしたたかなタイプの選手には思えなかった。