マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
諦念に抗う者、生まれ変わった者。
オリックス・伏見寅威、大田阿斗里。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2016/03/01 10:40
2007年に高校生ドラフト3巡目でDeNA入りした大田阿斗里。トライアウトからの復活なるか。
初めて、彼から先に挨拶された。
声をかけたくて、急いでスタンドからダグアウト裏に下りた。中をのぞいたら、コーチに指導を受けていた。
昔の阿斗里なら、ここですぐ私に気がついたはず。それほど注意散漫だった。ところが今日の阿斗里は、相手の顔から視線を外さず、やはり「はい、はい!」としっかり返事を返しながら、話に聞き入っていた。
もう、“あの頃”の阿斗里はいなかった。
「あっ、おひさしぶりです!」
彼のほうから先に挨拶してもらったのは初めてだと思う。
ナイスピッチング! 今日投げた中でいちばんよかったな!
思わず、バンバン背中を叩いてしまった。
「いや、それはひいき目に見てくれたからですよ」
お世辞じゃなかった。正直な感想、いや感動だった。
「はい、動かしてました、全部。わかりました? インコースでのけぞらしたのはカットシュートです。あれを早目に投げて試したら結構効果的だったんで、それからはあれ中心で」
素直な笑顔だった。相手を斜めに見るような目がなくなっている。
「さすがに考えるようになりました。クビになったんで」
「考えるようになったんで。クビになりましたから……。150キロ欲しがったって、1球か2球じゃないですか、1試合で。それだったら、タイミング外したほうが野球になるし」
やっとわかったんだ。ちょっとえらそうに言ってやった。
「はい、さすがに考えるようになりました。クビになったんで」
もう一度、今度は強く言って下を向いてしまった。
だから、今年の大田阿斗里はやれる……なんて、軽率に言ってあげるほど私も甘くないし、プロはもっと甘くない。
今日が良かったら、明日も良くて、あさっても良くないと、プロの“資格”はない。
ただ、スタート地点には立てたのではないか。それぐらいは認めてあげたい。阿斗里もクビになって考えたのだ。
新しいスターが、ヒーローが生まれるのが春季キャンプならば、かつてのスターが、ヒーローが生まれ変わるのも、やはり春のキャンプの現実であろう。
大田阿斗里というかつてのヒーローが、2016春のキャンプの宮崎で、今生まれ変わろうとしていた。