昔は150キロだけを欲しがっていた投手が……。

　かすかな“予感”がした。

　7球の投球練習。最初の1球、ストレートに見えたボールが捕手・若月健矢のミットをはじいた。次のボール、これもぎこちない動きでなんとか捕球した。

　まさか、投球練習から動かしてる？

　阿斗里がそんなことするわけない。150キロだけを欲しがっていたヤツだ。

　捕手の二塁送球から内野のボール回し。動いていくボールを、大田阿斗里がじっと追っている。

　前は、そんなことにもお構いなしのヤツだった。

　変わったな……。

　戻ってきたボールを受け取って、激励の言葉をかけてくれる三塁手、遊撃手に、いちいち「はい！　はい！」と答えている。どちらも阿斗里より年下の選手たちだ。

　初めて見た姿。高校の監督さんや東京のお母さんに見せてあげたかった。

おいおい、こんなの阿斗里じゃないよ。

　先頭打者が打席に入る。

　左足を大きく前に出して、半身になった阿斗里が低い中腰でサインをもらいにいく。攻撃的な姿勢だ。“意図”を感じる。

　そこから体勢を戻す動作でリズムを作って、セットポジションから大田阿斗里が投げ込む。球速帯は130キロ後半。それなのに、打者が微妙にタイミングを崩され、バットの芯を外されている。

　絶対、動かしてる。あんなこと、できるんだ。

　カットボールぎみに滑らせたり、チェンジアップなのか打者をのめらせたり、それが低く集まっているから、打者は手を焼く。かと思えば、右打者の内角へ140キロで打者をビビらせている。

　おいおい、こんなの阿斗里じゃないよ……。

　うれしかった。なんだかんだで10年見てきて、初めて“投手・大田阿斗里”を見た思いだ。

　間に飛んだ内野安打1本だけ、打者4人を時間をかけずに打ちとって、大田阿斗里がマウンドを降りた。

【次ページ】　初めて、彼から先に挨拶された。