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オールブラックス、心理戦略の妙。
史上初W杯2連覇を達成できた理由。
text by
大友信彦Nobuhiko Otomo
photograph byAFLO
posted2015/11/02 16:30
史上初のW杯2連覇を果たしたニュージーランド代表・オールブラックスによるマオリ族の伝統舞踊“ハカ”。1905年以来、試合前に演じられている。
下馬評をひっくり返したエディー、そのハカ対策。
「2003年W杯のときは、ハカの間は選手にはトラックスーツを着させて、ハカが終わってからゆっくりと脱がせた。そのあとで、選手にはもう一度ハドル(円陣)を組ませた。オールブラックスは、ハカで相手を威嚇して、スタジアムも盛り上げて、そのムードのまま試合に入っていきたい。そうさせないために、時間をとったんだ」
日本風に言えば「圧を抜く」感覚だ。エディー率いるワラビーズは、その3カ月前の「トライネーションズ(現在のザ・ラグビーチャンピオンシップ)」では50点を奪われる大敗を喫しながら、3カ月後のW杯では圧倒的不利の下馬評を引っ繰り返して勝利を飾る。もちろん戦術的な勝因もあったし、相手のメンタルを不安定にさせる仕掛けもエディーは多々施したのだが、周到に巡らせたハカ対策も勝因のひとつだった。
前回W杯の決勝で、フランスはデュソトワール主将を先頭に15人が矢尻のように三角形に並び、ハカを舞う黒ジャージーたちににじり寄っていく行動をとった。だがこれはのちに、ハカへの敬意を欠く行為として注意処分が下されたという。かつてワラビーズのWTBデヴィッド・キャンピージは、ハカの間、ひとり無視して自陣でボールを蹴って遊んでいたことがあるが、それも今では許されない。
あくまでも自分たちのリズムで試合に入る。
オールブラックスと対戦する相手は、かなりの制約を受けながら、ハカのアドバンテージを無力化させようと策を巡らす。事前に、ハカと向き合う気持ちの持ち方をミーティングするチームもある。全員で肩を組みハカが終わった後、自分たちのペースで試合に入ろうと、心をコントロールしている。威嚇する世界最強軍団と向き合い、決してのみ込まれてはいけないと自分に言い聞かせ、ファンの大歓声を耳から締め出す。ハカが終わった、さあ行くぞ!
ところが、そう意気込んだら、オールブラックスは、やおら自分の陣地で円陣を組み始める。試合を始められない。1段あがろうとした階段がない、空足を踏んだ感じだ……。
そこでオールブラックスは円陣を解く。相手は仕切り直しに備えて気持ちを作り直そうとしている途中だ。そこにオールブラックスは、あくまでも自分たちのリズムで試合に入れる。自分たちのキックオフであればもちろん、相手のキックオフであっても、相手にはもう引き延ばしたり、虚を突いたりする猶予はない。時間を支配しているのは完全に黒いジャージーだ。