格闘技PRESSBACK NUMBER
ノアが迎えた5年目の“あの日”――。
天国へ捧げたエメラルドフロウジョン。
text by
橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph byYukio Hiraku
posted2014/06/20 10:40
齋藤彰俊に不知火を仕掛ける丸藤正道(上)。三沢光晴はどんな気持ちでリングを見ていたのだろうか。
三沢が殉じた、興奮と切なさのプロレス。
三沢と、彼が対戦した選手たちが繰り広げたのは、とてつもなく高度で、かつ危険なプロレスだった。相手を頭から急角度で落とす。それでも決まらなければ、トップコーナーから落とす。プロレスにおいて相手に危険な技を仕掛けるということは、自らも危険な技を受ける覚悟があるということだ。タイトルマッチでは、30分以上闘い続けるのも当たり前だった。「そこまでやるか」という興奮と、「そこまでやらなきゃいけないのか」という怖さ、切なさがつきまとうプロレス。だからこそファンは魅了された。
プロレスを極限まで突き詰め、観客の期待に過剰に応え続けた三沢。その果てに迎えた悲劇は、いわば“殉職”だった。
対戦相手も自分自身も痛めつけることを生業とするプロレスラー。その姿に憧れ、ときには自分を投影するファン。どちらの背中にも、三沢が殉じた“業”が張り付いている(もちろん筆者にも、だ)。誰もがそれを分かっている。
だから、齋藤のノア復帰に大コールが発生したのだろう。
「お前が背負っている十字架の重さを、俺たちも分かち合うんだ」
プロレスファンとしての思い、いや決意すら感じさせる“アキトシ”コールだった。