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コートジボワール対策は完璧?
日本の未来を掴むW杯が遂に始まる。
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byGetty Images
posted2014/06/13 16:30
南アフリカ大会を経験し、今では代表の中心的存在となった長谷部誠、本田圭佑、長友佑都。コートジボワール戦で、日本のスタイルが世界に通用することを証明してほしい。
過去4度の大会と、ザックに率いられた4年間の蓄積を。
とはいえ相手がどんな強豪であろうと、日本がやるべきこと、目指すことはただ一つ。ザックジャパンとして積み上げてきたこの4年間の取り組みを、選手の思いを乗せながら世界に示すことだ。
初出場だった'98年フランスW杯。岡田ジャパンは無我夢中のままピッチに立ち、世界との差を痛感してピッチを去った。あのころの日本は何もかもが未熟な、「初出場国」だった。
フィリップ・トルシエが指揮を執った'02年日韓W杯では「フラット3」という独創的な戦術による挑戦を試みた。地の利を生かし、ベスト16まで進んだが、そのスタイルは一代限りだった。
続く'06年ドイツW杯。テクニシャン揃いのジーコジャパンだったが、戦術やスタイルというものは見えてこなかった。大きな期待を受けながらチーム内に不協和音が生じ、勝ち点1、グループリーグ最下位で敗退した。
日本のスタイルを作ろうという取り組みを最初に提唱したのはイビチャ・オシムだ。「日本らしいサッカー」を標榜し、「考えて走る」サッカーを推進。そのチャレンジはサッカーファンの胸を躍らせた。選手たちの目も生き生きしていた。
ところがオシムは病に倒れた。「スタイル構築」の野望を引き継いだ岡田武史は、選手とともに、日本人の特性を生かした攻撃的なスタイルを作るところまでは行ったが、結果が出ず、南アフリカW杯では守備的な戦いを余儀なくされた。
長谷部が語る、「日本サッカーの未来」。
試合3日前の取材エリア。長谷部誠は今こそ話したいというように、すがすがしい表情を浮かべて報道陣の前に座った。
岡田ジャパン時代の最後、崖っぷちから立ち直るためのカンフル剤の一つとしてゲームキャプテンに任命された長谷部は、極めて難しい役割を見事にこなし、チームを蘇生させる一翼を担った。ザッケローニ監督も就任してすぐにその人間性を見抜き、今度はチームキャプテンを任された。
積み重ねてきた思いを乗せて、長谷部は言う。
「前回は自分たちのサッカーを追い求め、けれども直前で戦術を変えて戦った。この4年間は日本人に合った、自分たちが世界に勝つためのサッカーを追求してきた。このW杯で、日本サッカーの未来につながるスタイルを示すことを楽しみにしている」