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レジェンドと呼ばれる男、葛西紀明。
41歳、ソチへ悲願の金を取りに行く。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byShino Seki

posted2014/01/10 10:40

レジェンドと呼ばれる男、葛西紀明。41歳、ソチへ悲願の金を取りに行く。<Number Web> photograph by Shino Seki

41歳、スキージャンプという競技においては異色の存在と言える葛西紀明。多くの最年長記録を持つ男が、五輪での最年長金メダルを目指す。

 今も忘れられない光景がある。2010年バンクーバー五輪のジャンプ団体の日のことだ。

 日本の最終ジャンパーを務めた選手がミックスゾーン(取材エリア)に姿を現すと、記者が押し寄せ、数十人の輪ができた。

 その集団を形成したのは、大手通信社をはじめ、ドイツ、カナダなど各国の海外の記者たちであった。

 優勝した選手に劣らない注目を集めたその人こそ、葛西紀明である。その光景に、海外における葛西への注目度が表れているようだった。

 あれから4年。

 葛西は1月7日、ソチ五輪の日本代表に選ばれた。

 41歳でのオリンピックであり、実に7度目の選出である。冬季五輪では世界でも史上最多出場となる。初めて出場した'92年のアルベールビル五輪から数えて22年もの間、第一線にいるのだ。

世界の観客を虜にした「カミカゼカサイ」。

 葛西は、海外では昔から人気のある選手だった。

 最初に脚光を浴びたのは、'92-'93年シーズンである。スキー板よりも身体が前に出た深い前傾姿勢で飛ぶ姿は、観戦する者には恐ろしくもあり、勇敢にも映った。その独特のフォームでワールドカップ総合3位の活躍を見せると、ヨーロッパで「カミカゼカサイ」と呼ばれるようになった。

 その後も、オリンピックでは'94年のリレハンメルでの団体銀メダル、世界選手権では'99年のラムソーから'09年のリベレツでの大会までの間に、銀2、銅4のメダルを手にしている。ワールドカップでは船木和喜と並び日本最多タイの15勝である。

 鮮烈な「世界デビュー」、そしてその後長きにわたっての活躍があったからこそ、バンクーバー五輪であれだけ海外のメディアが注目したのだ。今シーズンも、年末から年始にかけて行なわれる「ジャンプ週間」では、各会場で観客から大きな拍手を受けたという。

 そこにあるのは、敬意にほかならない。

 20代が主流のジャンプ男子にあって、40代にしてなお国際大会で渡り合う姿。その裏にある鍛錬と自己管理を思えば、称えられるのは当然のことだ。

【次ページ】 「みんなが持っているのに、僕だけ持っていませんからね」

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