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<無名の新人、最多勝の極意> 小川泰弘 「ライアン投法、幻惑の秘密」 

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日比野恭三

日比野恭三Kyozo Hibino

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photograph byTadashi Shirasawa

posted2013/11/26 06:01

<無名の新人、最多勝の極意> 小川泰弘 「ライアン投法、幻惑の秘密」<Number Web> photograph by Tadashi Shirasawa

大学3年春、ライアン投法を採り入れたきっかけ。

 小川が「ライアン投法」を採り入れたのは創価大学3年時、'11年6月のことである。

 東京新大学野球連盟1部の創価大は、'10年秋のリーグ戦を制して6連覇を達成していた。2年生だった小川は6勝0敗、防御率0.54でMVPを獲得。無敵の絶対エースだった。

小川泰弘 Yasuhiro Ogawa
1990年5月16日、愛知県生まれ。'08年、成章高3年春に21世紀枠でセンバツ出場。創価大に進学し、東京新大学リーグでは、通算36勝(23完封)3敗、MVPを5回獲得。ドラフト2位でヤクルトに入団した今季、16勝4敗で最多勝に輝く。防御率2.93。171cm、80kg。

 しかし3年春の開幕カードで、古葉竹識監督率いる東京国際大学に痛恨の連敗を喫する。先発した第1戦を0-1で落とし、同点でリリーフのマウンドに上がった第2戦ではサヨナラを許した。両校がその後の全カードをものにした結果、創価大は勝ち点1差で7連覇を逃すことになった。

 小川が当時の思いを語る。

「負けることが本当にみじめだなと感じて、絶対的な力をつけたいと思いました。自分を変える、変えなきゃいけないという考えで、本を読みあさりました」

 趣味は読書で活字には親しい。プロの投球フォームの連続写真が載った雑誌を集め、心理学の本にも手を伸ばした。

「ある雑誌に、ロジャー・クレメンス投手のコメントが載ってたんです。『あのバイブルがすごく自分のためになった』と」

球威が増して、球の出所が分かりにくくなった。

 それが『ノーラン・ライアンのピッチャーズバイブル』だった。講義の間に目を通し、練習で実践を試みた。コーチに相談することもなく、タオルを振るシャドウピッチングを繰り返しながら、黙々と自身の肉体と対話を重ねた。バランスを崩しやすいフォームへの挑戦には迷いもあったが、徐々に感覚をつかむ。変化はさっそく現れた。

 創価大、岸雅司監督が振り返る。

「まず威力が増したよね。それに球の出所が分かりにくくなって、バッターのタイミングを外せるようになった。当時の小川はほとんど真っ直ぐだったけど、真っ直ぐを狙われても空振りが取れたし、当たってもファウルがやっとという感じ」

 小川自身も、投げるごとに確信を深めていった。

「7月後半から、紅白戦、オープン戦、そして秋のリーグ戦と120イニング以上投げて、失点が1か2だった。そういう結果が出て、(新しいフォームは)やっぱり打ちづらいんだなと思いました」

【次ページ】 ひとつ目の真髄は「ゆっくりとした脚の下ろし方」。

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