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シード権争いは石川遼だけじゃない。
米シニアに挑む51歳、井戸木鴻樹。
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph byAFLO
posted2013/08/30 10:30
全米プロシニアでは、4日間で-11を記録。2位に2打差をつけて優勝を果たした。
レギュラーシーズンが終わり、ポストシーズンに突入した米国男子ツアー。わずか7試合のスポット参戦で来季のシード権を獲得した松山英樹、主戦場をアメリカに移したものの来季シード権を賭けて、入れ替え戦へと臨む石川遼。若手の新天地での戦いばかりがクローズアップされるが、もうひとり来季の米国進出を目論むプレーヤーがいる。
――井戸木鴻樹、51歳。正確なショットを武器に、フェアウェイキープ率上位の常連としても知られ、2011年に50歳を迎えてからは、シニアツアーに参戦。翌年にはシニア初優勝を飾ったベテランだ。
今年5月には、全米シニアプロ選手権に参戦。アジア勢として初のシニアメジャーのタイトルを獲得した。だが、快挙に沸く表彰式で井戸木が発したのは「America,first time」という言葉だった。
30年以上のキャリアを持ちながら、アメリカで戦ったのは初めてだったのである。50代で初めて知る世界――それは井戸木にとってカルチャーショックの連続だった。
最初の壁は英会話だった。買い物をすれば支払う金額が分からず、あるだけの小銭を掌に載せ、差し出した。そのなかから店員に料金分を取ってもらおう、そんな思いの行動であったが、チップと勘違いをされて、そのまま全額受け取られてしまった。それでも何も言い返せない。
「英単語、1日1個覚えていきましょ」
ロッカールームでも肩身は狭かった。「真横に通訳さんがずっといてくれたらええんやけど、そうもいかんしなあ」。選手同士のコミュニケーションもままならない。そんな状況では試合でトラブルが起きても対処できるはずもない。
全米シニアプロは制したものの、全英シニアオープン、全米プロと海外での連戦が続くこれからを思うと、コミュニケーションがとれないまま戦うのはたやすいことではないと、井戸木は痛感した。
迎えた全英シニアオープン。開幕2日前のパーティで、井戸木はドイツのベルンハルト・ランガーと同じテーブルについた。マスターズで2勝を挙げ、シニアツアーでは4度年間賞金王に輝いた選手である。
海外転戦に不安も募っていたのだろう。井戸木は通訳を介して、さまざまな質問をランガーに投げかけた。そして井戸木が英会話について尋ねると、同席していたランガー夫人が「この人も若い頃、ドイツ語しか話せなかったの。だからツアーに溶け込むために、英会話教室にも通ったわ。少しずつでも英語を覚えていくのは大切なことよ」とアドバイスを与えた。言葉の違いにただ漠然と不安を抱えていた井戸木はこの一言で「英単語、1日1個覚えていきましょ。勉強、大嫌いやけど」と決意した。