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天理・智弁・郡山が44年ぶりに敗退。
奈良・桜井高の「人間力」野球に注目。  

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氏原英明

氏原英明Hideaki Ujihara

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2013/07/30 11:50

天理・智弁・郡山が44年ぶりに敗退。奈良・桜井高の「人間力」野球に注目。 <Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

奈良大付に4-1で勝利し、応援団に挨拶に行く桜井高の選手たち。甲子園ではどんな戦いぶりを見せてくれるのだろうか。

野球部員には日常生活から「気配り・心配り」を徹底。

 桜井の戦いで何よりも驚いたのが精神的なブレを感じなかったことだ。

 奈良大付との決勝戦は、2回裏に1点を先制し、4回裏に3点を追加したのだが、5回表にそれまで3安打無失点のエース・竹野康平が左手中指のマメをつぶして降板。2番手には公式戦初登板の木下恭仁がマウンドに上がったのだが、守っている選手たちに浮足立った様子が全く見られなかった。

 5回表のピンチは1死満塁から二塁ゴロ併殺で切り抜けた。6回以降も、たびたびピンチを迎えたが、エースの負傷降板という緊急事態でも、チーム全体が下を向かず、前を向いた末の勝利だった。

 森島監督は言う。

「うちのチームには相手を倒す力はありません。しかし、自分と戦う勇気は持っています。だから、今大会はそれに徹しろと言ってきました。それができたと思います」

 桜井はガッツポーズをしない。ただそれは、指揮官より「ガッツポーズをするな」「騒いではいけない」と強制されているわけでもなく、日常生活の積み重ねがそういう行動を起こさせているのだ。普段の日常生活で「気配り・心配り」を貫いていることが、試合での行動すべてに映し出されている。

 杉山主将は言う。

「相手を陥れてまで試合に勝っても、僕たちは嬉しいとは思わない。相手と相対して戦うのではなく、自分たちのできることをしっかりやって、その中で勝てたらいい。たくさんの方が応援してくれて、その声援が嬉しかったし、相手の奈良大付の応援もすごい声援で盛り上がっていた。この場の空気が高まっていてその中で試合をやれたことが(優勝したことよりも)僕は嬉しかったです」

「甲子園」にこだわり過ぎて本質を見失っていないか?

 昨今の高校野球はあらゆる意味で「甲子園」の存在が大きくなりすぎている。

 甲子園に行くことばかりに主眼が置かれ、多くの学校が教育者としての立場を見失っているように思う。過熱する選手獲得合戦や試合中での「エラーやるぞ」と罵倒して相手を陥れようというヤジ、喜びを履き違えたガッツポーズや優勝時のマウンド上での指立てパフォーマンス。高校野球に携わる多くの人たちが青少年の健全育成に大きな役割を担っていることを忘れている。

 森島監督が、高校野球の未来について、こんな話をしていたことがあった。

「最近、携帯電話に絡んだ事件が多いですよね。じゃ、携帯電話が悪いのかといったら、決してそうじゃない。すごく便利なものでいいものです。ただ、使い方を間違ったら事件にもなる。物事には必ず良い・悪いが伴っていて、心の持ち方次第でどうにでもなるということだと思うんです。高校野球に携わる者の心が少しでも良ければ、高校野球界はこれからもっといいものにしていくことができるのではないでしょうか」

【次ページ】 「育ててくれた奈良県の教育関係者に恩返しがしたい」

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