Sports Graphic NumberBACK NUMBER

<五輪、WBCで背負ったもの> 杉浦正則×谷繁元信 「日の丸の重みを語ろう」 

text by

石田雄太

石田雄太Yuta Ishida

PROFILE

photograph byHideki Sugiyama

posted2013/02/28 06:00

<五輪、WBCで背負ったもの> 杉浦正則×谷繁元信 「日の丸の重みを語ろう」<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

出場機会が限られながらも、サポート役に徹した谷繁。

 日本は確かにWBCで連覇を果たした。オリンピックで正式種目となってから、オールアマで2度、アマとプロで1度、オールプロで2度、オリンピックに挑戦しながら、一度として獲ることのできなかった金メダル。それをWBCでは2度も獲得した。その理由を、第1回のWBCに出場した谷繁元信(中日ドラゴンズ)はこんなふうに話してくれた。

「僕が出たのは1回目だけですし、あのときはいろんなことが手探りでした。でも、ここはWBCもオリンピックも同じだと思うんですけど、日本代表というチームにとって大事なのは、試合に出ている選手だけでなく、サポートする人たちなんだということです。試合に出ない選手や首脳陣、裏方のスタッフ、そういうところにしっかりした人がいないと、そのチームは成り立っていかない。

 僕もWBCで試合に出られなかったときは、正直、グズグズ言ってた時期もありました。何しろ練習する場所もありませんでしたからね。あのアメリカに行ってからの練習量の少なさを思えば、開幕前の大事な時期にこんな量しか打てなくて、日本に帰ってからシーズンを戦えるのかと本当に不安ばっかりでしたよ。でも、それを口に出したら絶対にダメだという思いがありましたし、試合に入れば出ていようがベンチにいようが、勝ちたいという気持ちに変わりはない。出てる選手の力になりたいと思って全力でサポートしてました。それがチームの力になったのかもしれません」

WBCだけではなくアテネ五輪予選にも選出された谷繁。その時、
城島のリードをサポートすることで味わったのは強烈なプレッシャーだった。
修羅場をくぐり抜けてきた谷繁と杉浦は、日本代表の環境面や意識づけ、
憧れの存在になるために何が必要なのか――忌憚のない意見をぶつける。
つづきは、雑誌「Number」823号、もしくはNumberモバイルでお読みください。
欧州に生きる2013~ビッグクラブの壁を突破せよ~

関連コラム

BACK 1 2 3
杉浦正則
谷繁元信
福留孝介
オリンピック

プロ野球の前後のコラム

ページトップ