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<天才騎手はどう選択するのか> 武豊 「結論を出すのは直前がいい」
text by
片山良三Ryozo Katayama
photograph byKeijiro Kai
posted2013/02/16 08:01
毎レース、パトロールビデオを何度も見直す理由。
まだ売り出し中の若手だったころ、「実戦を1万回経験したときに、いままでは見えなかったものがきっと見えてくる気がするんです」という話をしてくれたことがある。レース経験の積み重ねが選択の幅を広げ、より正確な決断力という財産をもたらしてくれるのではないかという期待だった。
「その計算は間違いではなかったけど、思ったほど簡単ではありませんでしたね。長く乗ってきているので、『あっ、これはあのレースと同じ感じだ』みたいな場面は割と頻繁に出てきます。いわゆるデジャブのようなものです。でも、『あのとき、内に行ったらパッと道が開いたんだよな』と思って行ってみたら、開かなかったり。当然ですよね。どんなに経験を積み重ねて、似た場面を分類できたとしても、正解はその都度違うんですから。ただ、選択肢のなかに、正解が含まれている率は経験によって高まるんだと思います。
あそこでこうすればよかった、と思うことも当然あります。というか、そんなことばっかりかな。毎レース、パトロールビデオを何度も見直すのは、次のための勉強なんです。後悔ではなくて、『あそこでああやっておくべきだったかな』とか、『あそこはあっちだったな』とか。それはレース直後でしかわからない感覚ですからね。悔いが残るのは、自分の考えで乗れなかったときです。他人の考えに耳を傾けるのは大事で、『ホントだ。あの人の言ってた通りだ』ということもありますが、自分とは違う考えだったのに安易に影響されてうまくいかなかったときなんか、『ああ……』という気持ちになってしまいます」
スーパークリークを選んだ菊花賞から、伝説は始まった。
武豊の騎乗馬の選択で筆者の印象に強く残っているのは、騎手生活2年目、初めてのGI勝利を達成したスーパークリークの菊花賞だ。当時、この馬はトライアルで6着に惜敗(5着まで優先権があった)し、賞金順位はボーダーライン上。ほかにも依頼があったのに、最後までこの馬にこだわって、結果的に最年少クラシック優勝につなげたのだった。
「そう。あのときはこだわったね。伊藤修司先生('06年に亡くなった名伯楽)が非常に期待していたこともあったし、ボク自身も乗ってみて凄い能力を感じていたんです。出られるほうに乗れよ、という声もあったんですが、出られないかもしれない馬を選んだ。あのとき妥協していたら、ものすごく後悔したでしょうね。貴重な経験だったし、後々にまで影響した大きなこだわりだったと思います。
クラシックの騎乗馬に関しては、その後も直前まで決めないのがベストというスタンスで考えています。例えば夏の新馬戦でいい勝ち方をすると、若いジョッキーなどはすぐに『来年はこの馬で』とか言うじゃないですか。ボクは欲張りだから、もっといいのが出るんじゃないかと心の中で思っています。でも、普段の騎乗馬については、意外なほど騎手には選択権がないんですよ。こちらはあくまでも騎乗依頼を待つ立場なんです」