スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
D・ブレイデンと完全試合後の人生。
~20世紀以降MLB17人目の偉業~
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph bySports Illustrated/Getty Images
posted2010/05/25 10:30
'07年にメジャー昇格。昨季は8勝9敗、今季は8試合に先発し、4勝3敗、防御率3.50(5月20日現在)
名前を聞いたとき、私は一瞬耳を疑った。ダラス・ブレイデン? 2007年にデビューして以来、いままで一度も2桁勝利を挙げたことのない投手ではないか。速球は90マイルを超えないし、体格もどちらかといえばほっそりしている。そもそもアスレティックスに指名されたときが24巡目、全体では727番目だったわけだから、注目を集めていたとはとてもいいがたい。
ただし最近は、対ヤンキース戦であのアレックス・ロドリゲスを一喝したことがメディアをにぎわせていた。一塁走者だったAロッドは、ファウルの打球を見て帰塁しようとした際にピッチャーズ・マウンドを横切ったのだった。ブレイデンはそれを見て怒った。たとえ大スターであれ、投手の聖域を踏み荒らすことは許されない、というのが彼の言い分だ。ブレイデンは、怖いもの知らずの若者として世に名を馳せた。
完全試合を達成した誰もが大投手とは限らない。
そんなブレイデンが、5月9日に完全試合を達成した。しかも相手は今季絶好調のレイズ。2010年代に入ってからはもちろん第1号の達成者だ。大リーグの歴史を振り返っても、1880年から数えて19人目。20世紀以降に限定すると17人目に相当する。
'80年代以降、急速に数が増えたとはいえ、完全試合の達成は難事中の難事だ。打高投低だった'30年代や'40年代、さらには'70年代など、完全試合は一度も達成されていない。例外は、やはり打者が優位だった'90年代(4人が達成)だが、これは本塁打を狙うフリースウィンガーが増えたためと思われる。それにしても、完全試合の達成は投手にとって幸福なことなのだろうか。瞬間的な頂点であることはたしかにせよ、その頂点が長続きする保証はどこにもない。
ちょっと考えればわかることだが、完全試合を達成したのは大投手ばかりとは限らない。ブレイデンを除く18人を思い出しても、殿堂入りを果たした選手は6人(モンティ・ウォード、サイ・ヤング、アディー・ジョス、ジム・バニング、サンディ・コーファックス、キャットフィッシュ・ハンター)しかいない(5年後に殿堂入りが確実なランディ・ジョンソンをふくめれば7人になる)。デニス・マルティネス('91年)、ケニー・ロジャース('94年)、デヴィッド・ウェルズ('98年)、デヴィッド・コーン('99年)といった面々は、一流投手とはいえ、殿堂から離れた場所にいる。ブレイデンの前(2009年)に完全試合を達成したマーク・バーリーにしたところで、通算200勝にはとても届きそうにない。