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内容は6位以上だった可夢偉。
開幕戦で確信した3年目の飛躍。
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byHiroshi Kaneko
posted2012/03/21 10:30
「壊れていなければもっと良かった。何もなければ5位のアロンソの前でしたね」とレース後にコメントした小林可夢偉。次戦マレーシアGP決勝(3月25日)では、さらなる上位入賞を狙う。
18年前にもあった、ある日本人ドライバーの劇的変化。
このような変化を、日本人ドライバーとメディアとの間で、私は過去に一度だけ見たことがある。それは'94年の開幕戦ブラジルGPでのことだった。
開幕前に発売されたある雑誌の内容を巡ってのことだった。当時ただひとり日本人ドライバーとしてF1に参戦しようとしていた片山右京。さまざまな準備をして3年目に向かおうとしていたにもかかわらず、「その評価が不当に低い」と、その記事を書いたひとまわりも年が違う年配ジャーナリストを見つけるなり、噛み付いたのである。
「評価するのは自由だけど、するんだったら、グランプリが始まって、実際に僕の走りを見てからにしてほしい」
果たして、そのレースで右京はF1ドライバーとして初入賞を果たした。それだけでなく、ドイツGPでは当時、日本人としての予選最高位をマークするなど、F1ドライバーとして大きく飛躍した一年となった。
「予選でトップ10に入る速さがあることは確認した」
あれから18年。
開幕前日に吠えた可夢偉は、初日から暴れまくった。
2回目のフリー走行5番手につけて初日を終えると、2日目の公式予選では、Q1でトップに立つスピードを披露した。肝心のQ2の最後のアタックで渋滞に引っかかったために予選は13位に終わったが、「予選でトップ10に入る速さがあることは確認した」と、翌日の決勝レースでの雪辱を期していた。
可夢偉にとって、3度目の開幕戦。真価が問われるレースで、可夢偉は'08年にタイトル争いを演じたこともあるフェラーリのフェリペ・マッサや、'07年の王者で今年ロータスから復帰したキミ・ライコネンらと激しいバトルを展開。さらに、クラッシュや接触事故が相次いだファイナルラップでは勝負強さも発揮して、一気に3台抜きを演じて荒れた開幕戦を6位入賞で締めくくった。