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<10年目の開幕レポート> イチロー 「ヴィンテージ'10の芳醇な味わい」
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph byYukihito Taguchi
posted2010/04/20 10:30
開幕戦第2打席で見せた“新しい僕”のはじまり。
イチロー、“ヴィンテージ2010年”の最初の作品は、開幕戦でいきなり飛び出した。相手はアスレチックスのベン・シーツ。ブリュワーズのエースとして7度も2ケタ勝利を挙げた右腕は、球質の重いストレートと、大きく割れるタテのカーブを武器に持つ剛球投手である。右ヒジの手術を受けて去年の登板はゼロ。今年からアスレチックスに入団し、いきなり開幕投手を任された。イチローとは過去にオールスターで2度、対戦している。
第1打席、力のある高めのストレートに押されて、サードへのフライを打ち上げたイチローは、第2打席、インコースへのカーブを見送り、アウトハイへのストレートをファウルして、2球で追い込まれてしまった。しかし、ここからがイチローの真骨頂だった。
3球目、低めにワンバウンドするカーブがストライクゾーンを大きく外れる。4球目、そこから少し高い、それでもボール気味の低めのカーブを、イチローはカットする。そして5球目、今度は一転、アウトコースの高めに逃げていく呻りを上げた伸びのあるストレートを、イチローはこれまたカットして、ファウルで逃げる。すると6球目は再びインローいっぱいへのカーブ。これもイチローはファウルで凌いだ。インサイド低めへのカーブは、3球目、4球目、6球目と、徐々に高くなってきていた。そして7球目――。
痺れを切らしたシーツは、ついにストライクゾーンの高さへ、カーブを投げてきた。イチローのバットは、そのカーブを完璧に捉えた。今シーズンの1本目となるセンター前へのヒットは、インローの緩くて大きいタテのカーブと、アウトハイへ逃げる重くて速いストレートというシーツの対角線への配球を、イチローのファウルにする技術で凌ぎ切った結果、生まれた1本だった。
数字ではなく、ヒットが生まれたストーリーを。
「1本目というのは、これが出ないと始まらないものなので、選手としてはなるべく早い段階で打ちたいというのは、時間が経っても変わらないところですね」
イチローのヒットは、打つたびに数字に置き換えられる。1本、2本……その先に200本がある。しかし、2010年に打った1本目のヒットは、緩急をつけた対角線攻撃を、ファウルで凌ぐというイチローならではの技術が生んだ“オーパスワン(作品番号1番)”だった。すべてのヒットには、ストーリーがある。そこに目を向けることで初めて、イチローの言う「数字とは別のところで見てる人の気持ちが動いてくれたり、ハッとしてくれるような瞬間」が訪れるのだ。
イチローは、数字から解放されたのだと言った。ならば見る方も、数字から解放されなければ、イチローの目指す境地は見えてこない。数字に置き換えることなく、イチローを見る──そこに、ハッとする瞬間に立ち会うための扉が隠されているのである。
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2000年秋、メジャー行きこそ決定したものの所属球団が未定の時点で、期待と不安が入り交じった気持ちの告白。数多(あまた)の記録の樹立。絶不調の中、自らのバットで決めたWBC連覇。そして10年目のシーズンを迎える2010年の抱負まで──。9年半に及ぶスーパースターのすべてがここに語られています。
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