清水商高の僚友、田中と川口の信頼関係が窮地を救う。

　田中と川口は清水商業高校の僚友だ。ペナルティエリア外のシュートなら、コースを限定すれば能活が防いでくれる。全国優勝を成し遂げた信頼関係は、さらに強固なものとなってマイアミの地へ持ち込まれている。

　川口は時計を見た。まだ8分もある。後半20分過ぎにブラジルのサポーターが乱入してきたから、ロスタイムも2、3分はあるはずだ。掌が汗で滲む。ピッチを照りつけていた日差しは陰っているが、身体は熱を持ったままだ。時間の経過がひどくゆっくりと感じられる。「あと8分」とは思えなかった。

想像を超えるブラジル代表選手の動きに翻弄されたが……。

　田中は時間を確認していない。そこまでの余裕はなかった。覚えているのはスタンドのざわめきである。ブラジルサポーターの苛立ちが、ピッチにまでこぼれ落ちてきた。

「僕らからすると、リズム良くはたかれるのが一番嫌なんですけど、一人の選手がボールを持つ時間が長くなってきた。ブラジルも焦ってきてるな、と思いましたね」

　だからといって、警戒心を解くことはできなかった。ブラジルの個人能力は想像をはるかに越えていた。アジア最終予選で手を焼いたサウジアラビアのアルドサリが、平均的な選手に思えるほどだった。しかも、強引な突破やシュートには偶然が入り込む余地がある。一手先を予測できる意味では、理詰めのパスワークのほうが守りやすいところもあるのだ。

　86分、右ショートコーナーからふんわりとしたボールがゴール前に上がってくる。テレビの集音マイクが川口の声を拾う。自分が処理するという意思表示だ。だが、張りのある声には緊張と不安が入り交じっていた。

「いやらしいボールがきたなあって。落下点がほぼ真上だから、助走ができない。その場でジャンプをするしかなかったんですよ」

　アウダイールの荒っぽい衝突に態勢を崩された川口は、一度はキャッチしたボールをこぼしてしまう。シュート数に加算されなかったスリルだ。こぼれ球は鈴木が蹴り出した。

チームメイトを落ち着かせる川口と無我夢中の田中。

　90分、左サイドのリバウドのクロスに合わせて、アウダイールが上村健一を押し潰すように宙を舞う。クロスバーを越えていくボールに視線を移さず、川口は両手を上から下へ動かした。落ち着こうぜ、とチームメイトにシグナルを送る。ところが、心のなかは正反対なのである。若い20歳の感情は、いつでも冷静さが支配するほど合理的でない。

「残り時間が少なくなったら、意図的に間合いを取ったりするので、時間は気にしていたんです。でも、残り15分は本当に時間が経つのが遅くて……」

　田中は「無我夢中」だった。ゴールキックをゆっくり蹴るなどして時間を操れる川口と違い、フィールドプレーヤーはボールの行方に身を委ねるしかない。アウダイールが数分前からすぐそばでクロスを待ち構えているのも、ヒリヒリするような緊張を呼んだ。

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