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ベッカム不倫を叩く“聖人”たち。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byGetty Images/AFLO

posted2004/04/15 00:00

ベッカム不倫を叩く“聖人”たち。<Number Web> photograph by Getty Images/AFLO

 ベッカムがやってくれた。

 先週、「ゴシップ雑誌への露出が急減している」と書いたとたんの大騒動。レアル・マドリーがチャンピオンズリーグで敗退し、国内リーグ戦で首位から転落した、最悪の時期のスキャンダルには、偶然とは思えない悪意が感じられる。

 とはいえ、私は、ベッカムが元秘書と寝たかどうかなんてことには、まるで興味が無い。本当かもしれないし、でっち上げかもしれない。

 ゴシップメディアに掲載されている写真を見ると、この秘書は美人だし、スタイルも素晴らしい。英語やスペイン語など複数の言語を操るインテリだというから、会話も楽しいだろう。セックスが好きで大変上手というのも魅力だ。

 これらが事実だとすれば、ベッカムならずとも「寝てみたい、つき合ってみたい」と思うのが当たり前。ベッカムが、もし彼女と幾夜を過ごしたというのなら、羨ましいことだ。「いいな、いいな」と思って終わり。

 ところが、みんな怒っている。「ビクトリアという妻がありながら、けしくりからん!」というのだ。

 立派な道徳だ。

 結婚していたり、恋人がありながら、別の誰かと寝ること。それは人の道にそむくこと、つまり不倫だ。が、だからどうした? 恋人や妻や夫以外の人に魅かれること、好きになることが、本当に悪だろうか? むしろ自然ではないか。「『魅かれる』と『寝る』は違う」と反論する人もいるかもしれない。そういう人には、「では、寝なきゃいいのか?」と逆に聞きたい。

 私には、寝ることと魅かれることの差は、最小限に見える。片方が“不倫”なら、もう一方も“不倫”だと思う。両者を分けるのは、本当に道徳だろうか? タイミングや勇気ではないか。

 むろん、不倫は良くない。しかし、それを声高に責めることができるほど、我われは潔白だろうか。たとえ報道されていることが真実だったとしても、私は、ベッカムや元秘書を糾弾する気にはとてもなれない。

 ビクトリアの悲しみはわかる。

 もしアバンチュールが事実なら、裏切られた気分だろう。彼女には、当事者としてベッカムと元秘書に怒りをぶつける権利がある。しかし、周りで騒ぎ立てている人間が怒ってみせることは、道徳の名を借りること、勝手にビクトリアの代弁者になること、という二重の偽善がある。

 怒りの矛先は、ベッカムにではなく、元秘書に特に厳しく向けられている。

 もし、彼女の告白がでっち上げなら、叩かれるのも当然だろう。しかし、ゴシップメディアの大半が証言者を探し出し、「関係があった」と結論づけようとしている。彼女は嘘つきではなく、人の道に反することではベッカムと同罪なのに、なぜ彼女だけが責められるのか?

 その理由は、元秘書が「セックスが大好きで、数え切れない男たちと寝て、バイセクシャルで、ドラッグを吸っている」からだ(すべてゴシップメディアの報道による。むろん真偽は不明)。人はこうした“悪徳”が許せないのだ。

 またもや、道徳だ。

 私はもう一度、同じ論理を繰り返す。

 セックスが大好きなのは、本当に悪か? 大勢の男性と寝てはなぜいけないのか? バイセクシャルであることは、人の道に反しているのか? ドラッグは悪徳なのか? と。「そうだ」と答える人には、あなたはそれほど高潔なのか? と。

 私は、こうした元秘書への批判に、男尊女卑の匂いを感じる。

“略奪愛”とか“魔性の女”とか、不倫やセックスにまつわるスキャンダルは、つねに“悪女”が主人公になってきた。逆に、男性が大勢の女性と寝れば、それは「英雄色を好む」などと賞賛する心象は、日本にもヨーロッパにも残っている。

 元秘書は、女性だからこそ、過度の道徳を押しつけられているのではないか。そうだとすれば、これほど不公平で反道徳的なことはあるまい。

 だいたい、セックス好きやバイセクシャルが何だ、というのだ。

 私にはそういう友だちもいるし、バイセクシャルの女性と付き合ったこともある。大騒ぎする連中には偏見があるのだろう。偏見はあっていい。が、彼らが道徳を語るのは矛盾というものだ。

 ドラッグについては、説明が必要だろう。

 報道によると、この元秘書はコカインを吸っていたようだ。コカインは良くない。厳しく糾弾されるべきだ。むろん、スピードもマリファナも同罪。言うまでもなく、タバコも酒も追放すべきだ――。

 スペインで『ドラッグ』という呼称を使うとき、その中にはタバコも酒も含むのが一般的だ。中毒性があり健康に害を及ぼす点においては、同じと考えられているからだ。それぞれの差は、悪影響の程度と社会の許容度にしかない。

 不倫も、ドラッグも、ほめられたことでは決してない。(女性の)セックス好きへも、バイセクシャルへも、社会の目は厳しい。

 あなたが人の道を踏み外さず、清廉潔白に生きてきた聖人なら、ベッカムとその元愛人に激しい怒りをぶつけてほしい。ビクトリアにも大いに同情してほしい。これだけ聖人だらけなら、世界の未来はさぞ明るかろう。

デイビッド・ベッカム
レアル・マドリー

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