佐藤琢磨 グランプリに挑むBACK NUMBER
ポイント
text by
西山平夫Hirao Nishiyama
photograph byMamoru Atsuta(CHRONO GRAPHICS)
posted2007/05/16 00:00
「本当に信じられないですよ!これ以上望めない、優勝したみたいな1ポイントだと思います」
佐藤琢磨がついにスーパーアグリに待望の1ポイントをもたらした。
ライコネン、ハイドフェルド、トゥルーリら上位陣が次々と脱落して行く“荒れた展開”の中、予選13位からスタートした琢磨は中団を走行。この間2回のピットストップで、フロント・ウイング角度とタイヤの空気圧を調整。そうやってマシン・バランスを整えながらトップ10圏内のチェッカーを目指していた琢磨に、65周レースの50周目頃、チームから「プッシュ!プッシュ(攻めろ)!」の無線が飛んだ。
「フィジケラがもう1回余分に給油に入るかもしれないから、飛ばせって言うんです。ライバルが作戦を変更するのはボクらにとってチャンスですけど、相手があのルノーですからね……」
まともに行ったらとてもスーパーアグリが勝てる相手ではないのだ。
ちょうどその頃、8位G・フィジケラは琢磨を20数秒リード。琢磨にとっては「見えない目標フィジケラをさがす、集中するのが難しい闘いになった……」のだった。
タイミング悪く後ろから2位のハミルトンが迫り、これを前に出してやるため1〜2秒のタイムロス。果たしてフィジケラを捉えられるのか、間に合うのか、極度に緊張したジリジリしながらのドライビングが続く。
チームから「いまフィジケラがピットに入った、プッシュ!」の無線を琢磨が傍受したのは、レースも残り7周となったあたり。傍受地点は新設されたシケイン手前。このあと最終コーナー、そして1キロ近いまっすぐなストレートが控えている。その先の1コーナーこそが勝負ポイント。
琢磨はアクセル全開でストレートを駆け下る。左に満員のグランドスタンド、右にピットウォール。そのピットウォールが切れたところからフィジケラが飛び出して来る。2台はしばし併走。
心の中で声にならない声を挙げて琢磨がアウトから1コーナーに飛び込んで行ったその瞬間、フィジケラの機影は後ろに下がった。琢磨、8位に浮上。
それから2周、イタリアの刺客フィジケラの琢磨へのアタックは執ようきわまりないもの。ストレートに戻って来た時の差は0.3秒。琢磨にワンミスあらば再度逆転は必至。
だが、新生スーパーアグリが欲しくて欲しくてたまらなかった1点を、琢磨はフィジケラの揺さぶりから守り切った。気迫の走りをフィジケラも感じ取って観念したのだろう、タイム差は0.9秒と広がり、やがてチェッカーが見えて来た。
「苦しかったけど、集中して走れた。運に助けられた部分もあるけど、チームを立ち上げてから実質1年で1点獲るなんて奇蹟に近い。たかだか1点と思うかもしれないけど、満足度はこれ以上ない」
琢磨のレーシングスーツは汗でビッショリ濡れていた。そこに何本ものシャンペンとビールがかけられ、プールにでも落ちたかのような姿。しかしその濡れた重みこそが夢にまでみた“1点”の重みなのだ。