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続・ライバル物語 江川卓×西本聖 「エースは、1人」
text by
石田雄太Yuta Ishida
photograph byNobuhiko Oono
posted2009/07/20 22:55
第7戦での先発に備える西本に、突然、リリーフの声がかかる。
第6戦、巨人は9回表のツーアウトまで、1-2とリードされていた。しかしランナーを2人置いた場面で、中畑清の打球が右中間を深々と割った。セカンドから篠塚利夫が、さらに一塁から原辰徳も逆転のホームイン。打った中畑は三塁へ、頭から飛び込んだ。
そのとき、西本はダグアウトにいた。
「三塁へ走ってくる中畑さんに、みんなが両手を大きく掻きながら、『滑れ、滑れーっ』と叫びました。逆転して、ベンチは大騒ぎ。そのとき、コーチと目があったんです。そしたらいきなり、『おい、お前、何してるんだっ』と言われて……僕にしてみれば、『はぁ?』って感じですよ。だって、僕は第7戦の先発を言われていたわけですし、ベンチにいたのは胴上げに備えていただけの話ですから、当然、アップシューズです。でもコーチが、『早くブルペンへ行け』というので、急遽、ロッカーへ行って、スパイクに履き替えて、ブルペンで投げ始めたんですよ」
第6戦リリーフに備える江川は、胴上げ投手になることを信じていた。
一方の江川は、ブルペンでずっと投げていた。逆転した瞬間、身震いを感じていた。
「僕には第7戦の先発がなくなった時点で第6戦のリリーフがあるわけですから、もし勝ってる場面で僕に来たら、何が何でも日本一を決めてやろうと思ってました。そうすれば第7戦で西本においしいところを持って行かれずに済むし、僕にも胴上げ投手になるチャンスが来るわけですから……僕は、中畑さんが打って逆転したとき、生まれて初めて、もう自分はどうなってもいい、この足がどうなってもいいという気持ちになって、痛みを堪えて肩を作っていたんです。最後の1イニング、足が痛くてまともに投げられなかったまっすぐを投げてやると覚悟していました」
この試合、西本には登板予定がなく、それでも勝てば胴上げだったため、ベンチには入っていた。そして、江川はいざというときの登板に備えて、ブルペンでスタンバイしていた。ところが9回表、巨人が逆転した直後、ブルペンで2人は並んで投げ始める。
「僕は投げるつもりがなかったので、すごく慌てました。準備もできていませんでしたし、気持ちがまとまらないままでした」(西本)
「僕は西本が隣で投げ始めたのを覚えてないんです。この足がどうなってもいいなんて思ったのは生まれて初めてのことでしたから、それだけ集中していたんでしょうね」(江川)
藤田監督が最後を託した投手は……江川でなく西本だった。
9回裏、西武の攻撃。この回をゼロに抑えれば、巨人の日本一が決まる。藤田監督がダグアウトを出て、ゆっくりと球審に歩み寄る。江川は、よし、と思って気合いを入れた。ところが、信じられないことが起こったのである。江川の目の前を、西本が横切ったのだ。
「ビックリしましたよ。だって当然、自分が行くもんだと思っていたら、西本が出ていったんですから……あれ、コイツ、いつの間にブルペンにいたんだって感じでした。それはもう、ものすごいショックですよ。ベンチは僕じゃなく、西本を選んだんです。本当に悔しくて……心が一気に冷えてしまいました」
ここ一番で脆いエースはケガに苦しみ、意気に感じるNo.2は絶好調だった。第6戦の土壇場で逆転し、なんとしてもここで西武の息の根を止めたい――指揮官がそう考えたのも無理はない。藤田監督が最後の1イニングを託したのは、江川ではなく、西本だった。