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<地獄から頂点へ> 高橋大輔 「語り継がれる演技をしたい」 ~バンクーバー展望~
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byShino Seki
posted2010/02/10 10:30
「最悪の事態」をも想起させた、壮絶なリハビリの日々。
それは地獄だった。
行なわれるのは、午前9時から夜の7時。1時間ほどの休憩はあるものの、耐え難いほど長く感じられた。しかも、リハビリはすさまじい激痛を伴った。顔をゆがませ、悲鳴をあげ、拳を握りしめて、耐える日々だった。
「明日も、そのまた明日もやることは同じで毎回長いし、それでもやるべきことが追いつかなくなったり。先も見えないし、いっぱいいっぱいになって、逃げたくなりましたね。実際、逃げ出したこともあります(笑)」
行方をくらまして、周囲の人々を、慌てさせたことがあったのだと言う。そのとき、「最悪の事態」を想像した人もいたと聞く。
地獄のリハビリで得た、身体的なメリットとは。
それでも、トンネルを抜ける日はやってきた。'09年4月、リンクの上に戻る日が来たのである。
氷の感触を確かめるように、高橋は滑り始めた。心に生じたのは、喜びだった。
氷の上で練習するうち、ふと、気づく。
関節の動く範囲が広がっていたのだ。それは今までなら不可能な動作を可能にすることを意味した。
復帰後のシーズンは試行錯誤の連続で成績は低迷。
一方で、それは戸惑いにもなった。体に染み込んでいた以前の感覚と、体の動きにずれが生じるのだ。
「ジャンプ一つ跳ぶにしても、新しい感覚をつかむのがすごく難しかったですね。試行錯誤の連続で大変でした」
試行錯誤は、シーズンが始まっても続いた。10月のフィンランディア杯で復帰戦を優勝で飾った高橋は、グランプリシリーズに挑む。NHK杯では、ショートのプログラム「eye」でステップの最中に尻餅をつくなど、思わぬ失敗で4位。
「アピールしようという気持ちが強すぎた」
続くスケートカナダは、NHK杯の反省を活かし、2位となる。
大会に復帰し4戦目となり、ようやく大会慣れしてきたグランプリファイナルでは、ショートで会心とも言える出来をみせて1位となった。しかし、フリーでは、4回転ジャンプでの転倒、緊張からプログラムの構成を忘れるなどのミスで、結局、5位に終わった。