「（守備に就く際）通常『こんちは』とか『よろしく』と声をかけると誰からもリアクションはあったのだが、この日の一塁塁審には無視をされた。選手から審判員に転向したばかりで、この年から一軍の試合をジャッジするようになった若い審判員だった。（中略）いざ試合が始まっても、その審判員はどことなく不安げな雰囲気が漂っており、選手にしてみれば『彼は、きちんとジャッジができるのか』という気持ちにさせられたのだ」（プロフェッショナル／落合博満／ベースボール・マガジン社）

1995年6月7日の横浜戦。事件は3回裏に起こった。石井琢朗のバントがセーフ判定になり、抗議する落合。有隅塁審に“暴行”し、退場処分に【2枚目／全2枚】　©KYODO

　二塁を守る岡崎郁からは、試合後に「今日はどうしたんですか。あの審判員、泣き出しそうで心配でしたよ」と笑いながら声をかけられたが、プロとしてグラウンドに立っている以上は、年齢や経験は言い訳にならない。弱さを見せたら負けだ。審判員でも選手が不安になるので、任された試合は毅然とした態度でジャッジしてもらわないと困る。それが、落合博満の「プロ論」でもあった。

「41歳の逆襲」が始まる

　長嶋巨人は8連敗直後に7連勝をするなど調子に波があり、勝率5割ラインを行き来する不安定な戦いぶりが続いた。6月中旬には、落合が一塁守備時にファウルフライを追いかけて右ふくらはぎを痛め、17日の広島戦でチェコの内角球を避けた際、その怪我が再発して翌日は欠場した。頼みの主砲を欠いたチームは、本拠地で広島に今季初の同一カード3連敗を喫する。元三冠王も近年は夏場での弱さを指摘され、昨季も8月打率は.236と低迷。41歳の体力面の不安と独走態勢を固める首位ヤクルトの安定した戦いぶりに、巨人は来季以降を見据えて、「四番松井」に早く切り替えるべきという評論家の声も少なくなかった。

　前半戦終了時の打率.316に加え、16年連続の二ケタ本塁打をクリアする11本塁打を放ちながら、批判の声が絶えない孤独なオレ流――。

　だが、直後に逆襲のときがやってくる。落合博満、41歳の夏である。

＜続く＞