大学時代から日本代表として活躍してきた田中選手は、Bリーグ開幕後はアルバルク東京の主力としてリーグ2連覇に貢献。東京五輪では日の丸を背負って戦い、2023-24シーズンからサンロッカーズでプレーしてきた。これまでの歩みを振り返りつつ、今後の展望についても聞いた。東京サンロッカーズ・神田康範社長のインタビュー動画(前編・後編)も公開中だ。
「35歳まではやりたいな、と思っていました」
今年の9月で35歳を迎えた。
プロ選手として14シーズン目に入った田中大貴は、プロ入り当時の目標をこう振り返る。ただ、それは漠然としたものだったという。
「若い時の自分から上の先輩を見た時、高いレベルで第一線に立てるのは35歳くらいまでかなと」
田中は自身が思い描いていたキャリアを歩んでいく。一方で、その過程は男子バスケットボール界が急速に変化を遂げる時代でもあった。長く併存してきたNBLとbjリーグが統合へ向かい、Bリーグが誕生。その変化の渦中で、田中はトッププレーヤーとしてキャリアを積み重ねていった。
2016年9月、新たな歴史の1ページとなったBリーグ開幕戦にアルバルク東京の先発としてコートに立つと、その後、チームのリーグ2連覇に貢献し、チャンピオンシップMVP(2017-18)、さらにシーズンMVP(2019-20)も獲得。また、大学時代から継続的に選出されてきた日本代表では、2014年アジア競技大会銅メダル獲得をはじめ、2019年ワールドカップ出場権獲得、そして「集大成」として目指してきた東京五輪出場を果たした。

だが、ようやくたどり着いた大舞台は、コロナ禍での開催となった。
「残念だったのは、無観客の試合になってしまったことです。やっぱり今までお世話になった方々に、日の丸をつけた姿を、自分の国で見せたかった思いはありました、あとは勝てなかったことです。その前のワールドカップも含めて1回も勝てなかったので」
心残りがあったとはいえ、終わってみると、その先のイメージが湧かなかった。それまで毎夏のように代表活動に身を投じ、全力を尽くしてきた反動もあった。
「体の部分、メンタルの部分でも少し間を置きたいという気持ちが強かったです」
東京五輪を区切りに代表活動から退く決断をする。Bリーグ7年目の2022-23シーズンは腰の手術という試練に直面し、シーズン終了後には、自身の競技生活に大きな影響を与えた恩師ルカ・パヴィチェヴィッチHCの後を追うようにサンロッカーズ渋谷(当時)へ移籍した。
しかしそれ以降、不完全燃焼のシーズンが続いている。短期間でのヘッドコーチ交代など難しい状況も重なり、戦力を揃えながらも厳しい成績に終わっている。移籍してきた自分が、どんな時も背中を押してくれるファンの期待に応えられていない――その思いは、田中の胸に残ったままだ。

動画では以下のような話題について語っています。
- プロ入り当時の目標とBリーグ創設期の熱狂
- 比江島慎の「フワッ」とした空気に騙されてはいけない?
- 今日までの日本代表の成長ぶり
- サンロッカーズへの移籍の決断
- “温かい”チームカラーについて
日本代表での経験から東京サンロッカーズのリブランディングに至るまで約25分にわたって語ったインタビュー動画、是非ご覧ください。後編はこちら。《7月16日取材》
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