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「代打は今岡(誠)に決まっとるわ」山本昌、森繫和、正田耕三が明かす2006年“天王山決戦”での落合中日vs.岡田阪神“超心理戦”の裏側「現役生活ベストのピッチングでした」

2006年シーズンも終盤、9月半ばに迎えた阪神タイガースとの首位攻防3連戦。川上憲伸の8回無失点の快投によって第1ラウンドを制した中日ドラゴンズは、阪神とのゲーム差を5に広げて独走態勢に入ろうとしていた。
そして迎えた第2ラウンド、ナゴヤドームのグラウンドに現われた山本昌は、さっそく地元テレビ局のスタッフに捕まった。
――昌さん、調子はいかがですか?
「まあ、いいですよ」
――優勝は見えてきましたか。
「今日も勝つといいですねえ」
予告先発がなかった当時、この日のスポーツ紙は全紙、先発に朝倉健太を予想していた。昌自身も、どこかリラックスした口ぶりである。
しかし、思いもよらないことが起こる。ふたを開けたら中日の先発は昌。それどころか、エラーによる走者をひとり許しただけの準完全試合をやってのけたのだ。41歳1カ月でのノーヒットノーランは、いまも破られていない史上最年長記録である。
「阪神は、先発がぼくだと知ってびっくりしたと思います。ビジターチームはホテルでミーティングをしてドームに乗り込みますが、そこでは朝倉の配球傾向や調子なんかが選手たちに伝えられていたはずです。いずれにしろ、前日の完封に続いてぼくのノーヒットノーランでしょ? 阪神は強いですけど、さすがに息の根を止めたと思いましたね」
2004年に落合博満が監督に就いて以来、優勝、2位と常勝軍団となっていた中日に、2年ぶりのペナントが見えてきた。

「ノーヒットノーランなんかどうでもええねん」
昌が快挙を成し遂げた一戦、前年覇者阪神のベンチの両サイドには塩が盛られていた。無理もない。このシーズンここまで9戦全敗と一度もナゴヤドームで勝っていなかったからだ。発案者はアンディ・シーツとジェフ・ウィリアムス。引退後、昌は阪神で臨時コーチを務めたが、そのとき、阪神の駐米スカウトだったふたりがキャンプを訪れ、「あまりにも勝てないからやったんだ」と告白したという。
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