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【動画】「動きながら攻撃していく」川島郭志が語る“アンタッチャブル”誕生秘話、そして憧れのボクサーとは「テープが擦り切れるほど観た」《飯田覚士「Champion's Room」第1弾①》
川島さんは現役時代に「アンタッチャブル」の異名を誇り、打たせずに打つテクニシャンとして知られました。全3回中の第1回は、アンタッチャブルの誕生秘話に迫ります。《第2回、第3回も併せてご覧ください》
打たせずに打つ、アンタッチャブル。
相手のパンチをかわして自分のパンチを当てて倒すスタイルは〝モンスター〟井上尚弥をはじめ今でこそスタンダードですが、1990年代に入って輝きを放つ川島郭志さんのスタイルは当時、衝撃をもたらしました。

1994年5月にホセ・ルイス・ブエノ(メキシコ)に3-0判定勝利でWBC世界スーパーフライ級王座を奪取し、6度の防衛に成功する名王者。「Champion’s Room」のホストを務める飯田覚士さんが「(フロイド・)メイウェザーのような防御をベースにポイントを取る戦いではなく、攻めるし、ラッシュするし、倒す」と評すと、川島さんはこのように応じます。
「防御が主だと思われるが、攻撃しないと相手が来る。相手をしっかり押さえていかなきゃいけないし、動きながら攻撃していくイメージ」
アタックのためのディフェンスであり、攻防一体となったスタイリッシュなスタイルを一体どのように確立していったのか、2人のトークは盛り上がっていきます。

徳島県海部町(現在は海陽町)に生まれ、お父さんの英才教育によって幼少時代にボクシングを始めます。進学した海南高にはボクシング部がありませんでした。それでも自宅周りや中学校の体育館を借りながら練習してインターハイチャンピオンになるというレアなストーリーです。
飯田さんから「好きだったボクサーは?」と問われると、川島さんはその一人にドナルド・カリー(アメリカ)の名を挙げます。1980年代に活躍したカリーはアマ400勝のキャリアを誇る抜群のテクニックと、「コブラ」のニックネームを持つ強打者でもありました。そのカリーのビデオを「テープが擦り切れるほど観た」。父が録画した世界のトップボクサーのテクニックを目に焼きつけ、ボクシングIQを高めたところにアンタッチャブルの原点がありました。オーソドックス(右構え)を頭でサウスポーに置き換える変換力も、IQ強化を促していくことになります。
「カリーは真似するところがいっぱいあった。接近戦もできるし、カウンターもうまい。ディフェンスも目で避ける。フッとスウェーでかわしてパパパンと」
ミットを持つお父さんにも「こういうコンビネーションで打つから」と要求していたそうです。自分で考えるクセが身についていました。
プロデビュー前から注目された川島さん。しかし都会のあまりの人の多さに「人酔い」するなど環境面の違いに慣れず、減量方法もつかめずにプロキャリア6戦で早くも2敗を喫します。打たれないどころか、打たれ弱いイメージを逆に与えていたなかでそこからの反転攻勢――。川島さんの前に4人の世界チャンピオンを誕生させた名門ヨネクラジムの独特のトレーニング、そして多大な影響を受けた先輩の世界チャンピオン大橋秀行さんの〝凄さ〟についても振り返ります。

動画では以下のトピックについても触れています。
- 高校時代、自宅前の道路でシャドーボクシングをやっていたって本当?
- スパーリングパートナーはたった一人
- ボクサーだった5歳上の兄から受けた影響とは?
- ロードワークで「駒沢公園」にたどりつけなかった思い出話
序盤ながらいきなり全開の川島さんと飯田さんの同学年ボクシングトーク。ぜひお楽しみください。(3月5日取材)

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