将棋の如く先を読み、相手の微細なクセを捉え、精緻な距離とタイミングで放つ。華麗な防御で“アンタッチャブル”と賞された元王者が説く井上のカウンターは、高度なディフェンス技術と表裏をなす、肉体と心理のアートと言えるものだった。
川島郭志は1994年、WBC世界ジュニアバンタム級王者ホセ・ルイス・ブエノをカウンターの左フックでダウンさせ、12回判定で初のベルトを勝ち取った。その川島はいま、井上尚弥が勝負どころで放つカウンターをこのように表現している。
「井上は自分の中にカウンターのタイミングを持ってるんですよ。相手のパンチが、あっ、来た!っていう瞬間に、自分のパンチを合わせられる咄嗟の判断力、その間合いに踏み込める勇気。そういう生まれ持った資質に加えて、ふだんの練習で相手に合わせる訓練を積んでいる。だから反射的に強いカウンターを打てるわけです」
井上にはもうひとつ、防御のテクニックで一時代を築き、「アンタッチャブル」と呼ばれた川島だからこそ指摘できる“隠れた特長”がある。「実は井上も基本的にはディフェンスのボクサー」というのだ。
「見た目は攻撃的なスタイルに隠れてますけど、非常にディフェンスのしっかりしたファイターです。実際、前回のドネア戦で右目の上をカットしたぐらいで、あれだけ傷のない顔をしてるんですから。自分の間合いと立ち位置をよく知っていて、パンチをもらわない位置に移動する勘のよさが素晴らしい。そこからまた、自分がパンチを打てる位置へ飛び込む速さと勇気もある」
防御を固めた「自分の位置」から強烈なカウンターを放つのが井上のスタイル。それを遺憾なく発揮した好例が2016年12月30日、WBO世界スーパーフライ級王座4度目の防衛戦。6回にカウンターの左フックでTKO勝ちした河野公平戦だ。
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photograph by Kiichi Matsumoto