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【動画】「世界王者に勝ってやる」渡嘉敷勝男が語る具志堅用高との運命の出会いと“後継者指名”「運は一生懸命やっているヤツについてくる」《飯田覚士「Champion's Room」第2弾①》
前編ではボクシングに縁のなかった不良少年が具志堅用高さんの世界タイトルマッチを見て一念発起し、「打倒・具志堅」を目指して上京。ガムシャラに目標を追い掛けてプロデビューからわずか3年で世界王者になるシンデレラストーリーを深掘りしていきます。《後編も併せてご覧ください》
世界一の具志堅用高に絶対勝ってやる――。
ボクシング経験のない不良の高校生が、そんな野望を口にしてもきっと誰も信じなかったに違いありません。でも人にどう思われようが関係なく、一度心にそう決めたらやり切るだけ。渡嘉敷勝男さんはすぐにロードワークを始めます。高校を辞めて上京し、たまたまバイト先の近くにあった協栄ボクシングジムの門を叩きました。具志堅さんの所属ジムとも知らず、まさに運命に導かれるように。
「具志堅さんが毎朝15㎞走っていると聞いて、じゃあ俺は20㎞走ろうと。2時間練習していると聞いたら、俺は4、5時間練習しよう、と。そうしたらトレーナーやほかの選手たちが“なんだあいつ異常だな”って見てくれる。代々木公園を走っても“半端じゃないスピードで半端ない距離を走ってる”って大評判になったんです」
一心不乱に努力を続けていると、運は転がってくるものなのかもしれません。世界王者の具志堅さんが次のスパーリングパートナーを探していたところに、入門3カ月でまだデビューしていないとはいえ猛練習で評判になっていた渡嘉敷さんに目が留まります。
「トレーナーが『怖いだろ?』って言ってくるんですよ。だって怖いわけがない。頭のなかで〝この人を倒す〟という思いを込めてやってきているんだから。『いやいや俺、やりますよ』と。きょうは勝てないだろうけど、どっか傷つけてやろうと思ってリングに上がったんですね。ババババッて5、6発打って当たったんですよ。そして7発目を思い切り打ったらカウンターで合わされて鼻を折られて。鼻血をバーッて出しましたよ。いいね、世界チャンピオン、100の力で来いよって思いましたよ。そのとき倒れなかったのは自分だけ。具志堅さんが凄い喜んで『こいつ俺のスパーリングパートナーに使おう』って言ったんです。ちょうど私がリングから降りるところで〝いやいや、あんたが俺のスパーリングパートナーだよ〟と言ったか、頭のなかで唱えたか。本当の戦いの日が始まったと思いました」

運が転がってきても、捕まえなければ自分のものにはなりません。もしちょっとでも怖気づいてリングに上がれなかったり、すぐに倒されたりしていたら、具志堅さんのスパー相手となって驚異のスピードで成長していくストーリーもなかったはずです。絶対的な覚悟と圧倒的な練習量が〝雲の上の存在〟を振り向かせたわけです。
具志堅さんは1981年3月、14度目の防衛に失敗して現役引退を表明します。そのときに後継者に指名したのが、渡嘉敷さんでした。
「ずっと具志堅さんとスパーでやってきたんだから、他のボクサーなんて怖いわけがない。だからお前らなんて何ともねえよって、そういう気持ちでしたね」
その年の12月、WBA世界ライトフライ級王者の金煥珍(キム・ファンジン)に大差の15回3-0判定勝ちで、具志堅さんが失ったベルトを取り戻します。デビューからわずか3年のことでした。
「運は一生懸命にやっているヤツについてくるんだぞ」
心に刻まれた人生訓を、今も渡嘉敷ボクシングジムの教え子たちに伝えていると言います。

動画では以下のトピックについても触れています。
- 打倒・具志堅を誓ったあの日
- 「50%の才能」をどのように活かしていくか
- 39度の高熱でもスパーに休みなし
- 具志堅用高の凄さとは
打倒を誓った存在が、強くリスペクトする存在へと変わっていく心の移り変わりが飯田さんによって引き出されていきます。約30分間の濃厚なトークをお楽しみください。(4月14日取材)

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