冬の夜があける頃、パリを出る列車に飛び乗った。
汚れた車窓のむこうに、朝もやに包まれた田園風景が流れていく。行き先はマルヌ県の中心都市ランス。首都から北東へ140km進んだところにある小さな街だ。
車内は地方へ帰省する人で賑わっていた。12月の旅人たちのふくらんだ鞄と高揚感をのせて、長距離列車は東へと走っていった。
シャンパンの街。そう教えられていた。
パリに住む友人に連絡をしたのは数日前のことだ。名作『サッカーの敵』の著者サイモン・クーパーは、11区にある自宅の書斎で世界の街や文化について英経済紙にコラムを書いている。彼は端的に言った。
「とにかくシャンパンの街だ。シャンパーニュ地方の名のとおり、まさにシャンパンで成り立っている」
観光局の資料を見ても、街を訪れる大半の客の目当てはシャンパンとなっている。
それから、と友人は付け加えた。
「フットボールの街でもある。偉大なるランスの記憶。いまもきっと残っている」
列車はやがて目的の地に到着した。駅の天井はアーチ状になっていて、その奥に曇り空が広がっている。広告看板からシャンパンメーカーの文字が飛び込んできた。駅を出て、にぎやかな公園通りを見渡す。
伊東純也はこの街で2年目の冬を過ごしている。
和やかな空気が流れるピッチで。
「伊東ブームがやってきた」
12月、リーグ・アンの公式サイトが伊東の特集をした。その記事でランスのウィル・スティル監督はこんな話をしている。
「伊東は彼独自の世界に生きている。彼だけの世界観。我々はそれを許容している。練習好きではないし、試合明けの練習ではゴールキーパーよりも走らないが」
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