長年待ちわびた運命の日がとうとう訪れる。超満員でスタンドを縦縞に染め上げるファンと、各々期するものを胸に抱いて戦う選手たち。虎の熱狂と感動が渦巻いた一日を追った。
実は女房役の坂本誠志郎も知らされていなかった。9月14日、午後8時42分。流れるはずのないイントロが甲子園の夜空に響き始めた。〈うわっ……〉。守護神の粋な計らいにハッとした時にはもう遅かった。捕手マスクの裏で両目が潤んでいた。
優勝マジック1で迎えた本拠地巨人戦。2点リードで9回表が始まる直前、岩崎優がリリーフカーに乗って姿を現した頃には、今季甲子園最多観衆の4万2648人の大半が気付いていた。ゆずの「栄光の架橋」。7月18日に28歳の若さで天国に旅立った仲間、阪神OB横田慎太郎さんがかつて使用した登場曲だ。
サビに向かうにつれ、大合唱の音量が増していく。涙をぬぐうファンの姿も視界に入った。頭脳派捕手はとっさに準備の速度を大幅に緩めた。
〈これだけみんなが歌ってくれているのに、途中で終わらせるわけにはいかない。絶対にサビの最後まで流さなあかん〉
イニング前の投球練習。返球のタイミングを懸命に遅らせた。岩崎に返すボールも山なりに変えた。人知れず“遅延行為”を全う。観客が1番のサビを歌い終えた直後、坂本はようやく投球練習終了の合図となる二塁送球に入った。
「勝利の男神」原口自作のTシャツを全員で着て。
この日、甲子園外周は午前中から喧騒に包まれていた。まだ試合開始時刻まで6時間以上もあるのに、選手の球場入りを出迎えようと阪神ファンが大挙集結。街頭インタビューを狙う各局テレビクルーも続々と増えていた。そんな光景をありがたく感じながら、原口文仁は大量のオリジナルTシャツをクラブハウスに持ち込んだ。
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photograph by JIJI PRESS