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「落合さん、俺たちを帰らせないために時間稼ぎを…?」鳥谷敬が語る2006年タイガースがナゴヤドームで“1勝10敗”と負け続けた理由「ずっと嫌でした。最初から最後まで」

2026/04/24
'06年9月16日、阪神は山本昌にノーヒットノーランを許して、その年のナゴヤドーム10連敗目を喫した
言うなれば「名古屋の怪」である。2006年、セ界の前年王者はなぜか竜の巣窟で負け続けた。将はいら立ち、戦士は噂話に惑わされ……。あの年、猛虎は一体、何と戦っていたのか。(原題:[疑心暗鬼の回顧録]鳥谷敬「鬼門ナゴヤドームの舞台裏」)

 あの頃、阪神ベンチ内では都市伝説のような噂が飛び交っていた。

「落合さん、俺たちを帰らせないために、わざと時間を稼いでいるらしいぞ」

 嘘か真か。真偽のほどは分からない。ただ、あの落合博満であればやりかねない。男たちは疑心暗鬼になっていた。

 タイガースの選手はナゴヤドームでナイター3連戦を終えた夜、二択を迫られる。その日のうちに帰阪するのか、それとも名古屋のチーム宿舎にもう1泊して翌朝に帰るのか。翌日は甲子園で試合があるケースが多く、家族持ちで体のケアを大切にしたい主力選手はいつの時代も「当日帰阪派」が大勢を占めるものである。

 新幹線で名古屋駅から新大阪駅まで帰りたければ、22時58分発の最終列車に間に合わせなければならない。とはいえ、18時開始の3時間ゲームであれば、余裕をもって改札をくぐることも難しくはない。

 チームバスが渋滞にはまらず進めば、球場から30分前後で宿舎に到着する。部屋で身支度を整えて数十分。タクシーで名古屋駅まで移動する場合、さらに10分前後を見積もっておけば問題ない。

 岡田彰布が率いる阪神と落合が指揮を執る中日の戦いはただでさえ、ロースコアの投手戦が多かった。普通に考えれば、長時間ゲームになりようがない。それなのにナインは試合後、いつも1分1秒を争うかのような急ぎ足を余儀なくされていた。

 一体なぜ……。

 鳥谷敬は2006年、25歳ながらすでに主力メンバーの仲間入りを果たしていた。当時まことしやかにささやかれていた噂を苦笑いで振り返る。

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photograph by SANKEI SHIMBUN

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