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「もしマウンドに行けていたら…」矢野燿大と赤星憲広が振り返るタイガースの“悔恨”「ベンチは前進守備の指示だったけど」《2003年、2005年日本Sの舞台裏》
歓喜と落胆、タイガースファンにとってはどちらの記憶が濃かったか――。
ぶっちぎりでセ界を制した2003年と'05年シーズン。だがいずれも日本シリーズで涙をのんでいる。金本知憲、伊良部秀輝、下柳剛らを加え、血の入れ替えを断行した星野仙一監督2年目の前者は福岡ダイエーに3勝4敗で敗れた。JFKの必勝パターンを確立した岡田彰布監督2年目の後者は2位からプレーオフを勝ち上がった千葉ロッテに完膚なきまでにスイープされた。
20年以上が過ぎてもタイガースOBたちの胸にはリーグ優勝の甘美より苦味が刻まれている。
王貞治監督率いる'03年の福岡ダイエーは今なお歴代最強チームの呼び声が高い。松中信彦、井口資仁、城島健司、バルデスの「100打点カルテット」と「30盗塁トリオ」を擁する“ダイハード打線”はチーム打率において驚異の.297をマーク。投手も20勝の斉藤和巳を筆頭に杉内俊哉、和田毅ら若い才能が頭角をあらわしていた。

赤星憲広が抱えている「後悔」とは?
赤星憲広には後悔がある。
井川慶、斉藤の20勝対決で開幕した福岡ドームでの第1戦。追いつき追い越され、そして再び追いついての9回裏、ホークスの攻撃を迎えた。2死一、二塁で打席には指名打者のズレータが入る。サヨナラの場面で二塁走者には代走の大越基が送られ、タイガースの外野陣は前進守備を指示された。このとき赤星はベンチに向かって何やらジェスチャーを送っていた。
「映像で見ていたズレータは、センターから左中間に打つ当たりだと(外野の)前に落ちるような打球はほとんど来ない。(センターの)僕だけ下げさせてほしいと思ってベンチに伝えようとしたけど、そこがうまくかみ合わなくて。結局中途半端なポジショニングになってしまい、そうしたらイメージしたとおりのボールが来た。もし下がっていたなら、捕れていたと思います」
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