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「退屈なサッカーを見に来る人間がいるか?」ペトロヴィッチは広島、浦和、札幌で“超攻撃的サッカー”をいかに貫き、“ミシャ式”フォーメーションを誕生させたのか
1993年のJリーグ創設以来、数多の監督がJクラブを率いてきたが、ミハイロ(ミシャ)・ペトロヴィッチほど振り切った考え方を持つ指導者はいない。
「サッカーは誰のためにあるのか?」
ミシャが常々、口にしていた台詞だ。
守備について質問すれば、決まってこんな言葉が返ってきた。
「わざわざ退屈なサッカーを見に来る人間がいると思うか?」
目指すのは常にゴールで、トレーニングも攻撃のメニューが大半を占める。派手な打ち合いの末に敗れると、「1-0で勝つよりも4-5で負けるほうがいい」と言い切った。
見る者を魅了してこそサッカーはサッカーたり得る。それが、東欧のブラジルと呼ばれた旧ユーゴスラビアに生まれ、人生をサッカーに捧げてきた男の信念だった。
結果を軽んじていると誤解され、たびたび批判も受けたが、本人はどこ吹く風。2006年シーズンの途中に監督に就任し、6シーズンを過ごしたサンフレッチェ広島時代も、クラブ史上最長の6年間指揮を執った浦和レッズ時代も、昨年まで7年間監督を務めた北海道コンサドーレ札幌でも、一度として考えを改めることはなかった。
日本で過ごした19シーズンの中で手にしたタイトルは浦和時代のJリーグカップだけだ。同じ'16年には2シーズン制が採用されたJ1で年間最多勝ち点を獲得しながら、チャンピオンシップで鹿島アントラーズに敗れ、2位に終わっている。リーグ優勝には、ついぞ手が届かなかった。
それでも、これほど長期間にわたって日本で指揮を執ったのは、攻撃的で魅力的なサッカーを提供し続けたからだろう。
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