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「強かった。野手も投手も全てにおいて」眼前で阪神に優勝を決められた新井貴浩の“意地”と支えた参謀の“熱き想い”《広島カープ連載「鼓動」第10回》

2025/10/03
かつてホームとした球場で、古巣が優勝を決めた。敗軍の将となった新井に去来する思いとは――。(原題:[鼓動 新井貴浩と広島カープの2025年]第10回 優勝決定の夜に)

 まだ、おやつ時だというのに大阪梅田発の阪神電車にはもう上から下まで黄色と黒に染まった姿が目立っていた。急行電車が停まるたび、その数は増えていき、尼崎駅を過ぎた頃には、乗客の半数以上が虎党で占められていた。“今日はサイキが2点ぐらいに抑えてくれたら勝てると思うんやけどな”

“それよりお前、いつから阪神が強なったか知ってるか? カネモトとヤノの時代にドラフトで獲った選手が育って、今の主力になってるんや”

 梅田から乗り込み、6人掛けシートの真ん中に並んだ中年夫婦がナイターまで待ちきれないとばかりに虎談義を始めた。シャツも帽子もバッグも水筒も、バッグにぶら下げた御守りに至るまでタイガース一色だった。

 親子3代タテジマ一筋のサラブレッドも、スター選手の経歴はもちろん、黄金時代到来の理由から果ては二軍選手の最新情報まで知り尽くしたトラ博士も、阪神タイガースを生きがいに過ごす人々が集まってくる。

 電車は甲子園駅で乗客のほとんどを吐き出した。改札前の広場にはすでに屋台からのソースの匂いが漂い、開門前のスタジアムゲートに行列ができていた。9月7日の日曜日、人々の足取りは浮き立っていた。セントラル・リーグを独走するタイガースが優勝に王手をかけていたからだ。そして特別な熱狂に包まれるゲームの相手は、新井貴浩率いる広島カープであった。

 六甲の空に伸びた4基の巨大照明塔が灯ると、甲子園球場は高校野球の聖地としての昼の顔から、幻想的な夜の顔へと変わる。午後6時、ナイトゲームの幕が開き、ほどなくタイガースの攻撃が始まった。人々が一斉にメガホンを叩く。それをビートにして4万2000人が叫ぶ。無数の声が高くせり上がったスタンドに反響し、グラウンド上の選手たちはまるで内臓が浮かび上がるような轟音に包まれながらプレーすることになる。異様な熱を発散するモンスタースタジアムを、新井は三塁側ベンチから見つめていた。

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photograph by Hideki Sugiyama

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