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「来年の2月が来たら、そこで終わりです」伝説のスカウト・苑田聡彦が過ごす“最後の1年”と森下暢仁が継ぐ「エースの背中」《広島カープ連載「鼓動」第6回》
新井貴浩はベンチ最前列に立ったまま動かな かった。7月4日の東京ドーム、息詰まる投手戦は両軍とも無得点で迎えた8回表ワンアウト、ランナー二塁の場面でピッチャー森下暢仁に打順が巡ってきた。一点勝負の展開で、自軍には強力なリリーフ陣も控えている。普段なら高い確率で代打を送る場面だったが、指揮官は森下をそのまま打席に向かわせた。
無言のメッセージを受け取った森下はバットを手にすると、打席に向かった。マウンドには読売ジャイアンツの勝ち頭である山崎伊織が立っていた。見えない火花を散らすようにスコアボードに0を並べ続けてきた2人の勝負が始まる。
山崎はインコースにシュートボールを投げ込んできた。死球のリスクがあるため、投手相手にはめったに使わない球である。森下も引かない。身体めがけて食い込んでくる速球にバットを出していく。鈍い音がして、砕けたバットの破片がグラウンドに飛び散る。空調が効いたドームが熱気を帯びるようだった。10球に及んだ勝負は最後、低めの変化球にバットが空を切った。わずかに顔をしかめた森下はベンチに戻ると息をついて、すぐにグラブを手にした。次のマウンドへ向かうためである。球数はすでに100球を超えていたが、グラウンドを睨む視線はむしろ鋭さを増していた。
今シーズン初めて開幕投手を任された森下は、金曜日のマウンドで他球団のエースと対峙してきた。交流戦が明けても変わりはない。必然的に打線の援護は少なくなる。思うように勝てず黒星が先行する。表情から笑みが消えていく。それでもシビアなマウンドに立ち続けるうち、いつしか甘いマスクは研ぎ澄まされ、タフな空気を発散するようになっていた。
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