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「ドネアが2人に見えた」井上尚弥の“KOを超える死闘”はいかに生まれたか?《2019年「ドラマ・イン・サイタマ」の深層を探る》
モンスター、出血――。
第2ラウンド、残り50秒の出来事だ。これまで一度もカットの経験のない井上尚弥が、ノニト・ドネアの一撃で右まぶたから血を流したのだから、それは確かにニュースではあった。ただ、記者席で見ている限り、大事に至るようには思えなかった。
ところがのちに判明したところによると、トラブルは出血だけではなかった。井上は勝負の行方を左右するほどの緊急事態に襲われていたのである。
「ドネアが2人に見えた」
パンチの衝撃で右眼の筋肉に異変が生じ、さらに右眼窩底などを骨折していた。戦前の予想は井上の圧倒的優位。峠を過ぎたと見られるドネアはいったい何ラウンドまで持つのか? そんな声さえ頻繁に耳にした試合は一転、モンスター神話の崩壊という危機に直面した。
「フェイントからの左フック。うまかったですね。ボディにくると思っていたので、完全にあいている顔面にいかれた。あれですべてが狂いました」
この試合の直前、弟の拓真がWBC世界バンタム級王座統一戦で正規王者のノルディーヌ・ウバーリに敗れた。井上家にとってのプロ初黒星。鉄のハートを誇る井上でさえも、動揺を隠せなかった。
「けっこうしんどいものはありましたね。(控え室で拓真の試合を)8ラウンドまで見て、それからテレビを消して集中しようと思ったんですけど、気持ち的にはいつもと違いますよね。まあ、複雑な気持ちのままリングに上がりました」
弟の敗北に加え、序盤で見舞われたまさかのアクシデント。パニックになってもおかしくない状況で、父でトレーナーの井上真吾がアドバイスを送った。
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