「とうとうですね。やっと来たかと」
那須川天心のボクシング転向にあたり、そう口にしたのは元東洋太平洋ジュニアフェザー級王者の葛西裕一だ。現在は世田谷区用賀でボクシングフィットネスジム「GLOVES」の代表を務めている。
葛西は長く帝拳ジムでトレーナーを務め、西岡利晃、下田昭文、五十嵐俊幸、三浦隆司という世界チャンピオンを育て上げたことで知られている。そんな敏腕トレーナーのもとに、「ボクシングの技術を教えてほしい」と知人を介して現われたのが当時、空手やキックの世界で天才少年と騒がれていた15歳の那須川だった。
「確か天心が中学校を卒業するころ、トレーナーのお父さんと一緒ではなく、一人で来たように記憶しています。夕方からプロ選手を指導する前の時間に天心を教えました。そのころから、早くボクシングに来てくれないかな、と思っていたんですよ。だから、やっと来たかと。長かったですね」
そう思わせるだけの才能が那須川にはあった。特に葛西を驚かせたのは吸収力の高さだったという。
「たとえば空手は拳を低い位置に構えて、そこから突き出します。ボクシングは拳を顔のあたりに構えて、そこからノーモーションでパンチを打つ。そう教えるんですけど、空手経験者はなかなか直せない。構えはできても、パンチを出すときにどうしてもいったん拳を下げてしまうんです。でも、天心はできた。一発ですよ。あれには感心しましたね」
とはいえ、葛西は那須川に、ボクサーを育てるようには教えなかった。那須川はキックの現役選手であり、ボクシングの技術はあくまでキックのためのプラスアルファという位置づけだったからだ。
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