息子2人を世界王者に導き、塗装業、不動産経営の実業家としても成功。その裏には、20歳で誓った“中途半端な自分”との決別があった。家族という宝物を守るために戦い続ける、一本気な職人の半生を辿る。
井上家のリビングにある大きなテーブルはいつしか「丸」から「四角」に変わった。
長女・晴香、長男・尚弥、次男・拓真と5人家族のころは「丸」で過ごせても、子供たちが大人になって新しく家族も増えると実家に集うときに収まらなくなる。
テーブルをもう一つ増やせばいいわけではない。同じテーブルを囲んで、みんなの顔が見えなければダメなのだ。
父は「カミさんとカミさんの親父さんと一緒に」材木店に行き、気に入った一本の木を買った。「カミさんの親父さん」が製材して自分が塗装した。家族への愛を込めた長方形の立派なテーブルが憩いの場の新たな象徴となった。
家族がどうしたいかをまず考える。50歳、井上真吾とはそういう人だ。
尚弥、拓真の専属トレーナーであり、自ら立ち上げた有限会社明成塗装の代表者であり、不動産経営などの実業家でもある。すべては家族のために自分がいる。敬意を持って言わせてもらえば「家族バカ」だ。
「中途半端な自分に家族ができたことこそが自分にとっては大事件なんですよ。だからその宝物を大事にしているだけ」
サングラスの奥に潜む目にはまっすぐな思いと純粋さがにじむ。なぜここまで家族に情熱を向けるのか。それには彼が辿ってきた半生を知る必要がある。
小学2年生のときだった。両親が離婚して、神奈川・座間にある母方の祖母の家に身を寄せることになった。
「家ではやさしい親父でしたよ。ただ後でおふくろに聞いたのは、仕事をやっていない時間にギャンブルをやっていて、そういったことが子供に影響するのが嫌で決断したようでした」
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photograph by Hiroaki Yamaguchi